
「言った言わない」をなくす方法|顧客との案件で決定と根拠を残す仕組み
「そんな話は、聞いていません」
定例の場で顧客からこう言われた瞬間、頭のなかで記憶を巻き戻します。あのとき確かに説明した。追加費用が発生することも、そのぶん納期が動くことも伝えた。相手はうなずいていた。——それでも、手元を探すと、その会の議事録はありません。あるのは自分のノートの走り書きと、断片的なチャットのやり取りだけです。
顧客との案件で起きる「言った言わない」がやっかいなのは、相手が悪意を持っているからではありません。多くの場合、双方とも本気で自分の記憶が正しいと思っています。
最終更新: 2026年9月6日
この記事の要点(5行サマリー)
- 一次調査(電話でのやり取りを対象とした2021年の調査)が示す最も多い発生型は「他の担当者から聞いた話と異なる」で、これは担当者をまたいで起きる型です。その場の復唱や個人のメモでは消えません
- 起きた直後の60分は、記録を出して勝ちにいかないほうが早く終わります。先にやるのは、相手の認識を3点で固定することです
- 議事録がなくても、案件には見積の版・資料の差し替え日・タスクの起票日など8種類の痕跡が残っています。そこから時系列を復元できます
- 民事訴訟法では、文書は出しただけでは通りません(228条1項が成立の真正の証明を求めています)。しかも電磁的記録には、同条4項の推定が231条の3第1項で明示的に除かれています
- 二度目を防ぐのは議事録の枚数ではなく、決定・根拠・決めた人・日付・影響範囲が、案件を貫く1本の決定タイムラインに残っているかどうかです
この記事が扱う範囲
この記事は、受託・制作・コンサルが社外の顧客と進める案件で起きる「言った言わない」だけを扱います。案件責任者と、制作・開発メンバーに向けて書いています。
社内の上司との食い違い、家庭内の行き違い、ハラスメント相談、労使間の紛争は扱いません。同じ言葉で語られていても、力関係も、使える手段も、目指す着地点も違うためです。
また、後半で条文を引きますが、本記事の法的な記述は弁護士の監修を受けたものではありません。実際に紛争になりそうな場合は弁護士にご相談ください。
「言った言わない」とは何が起きている状態か
「言った言わない」とは、過去のやり取りについて当事者の認識が食い違い、どちらの認識が正しいかを確かめる手立てがないまま議論が止まる状態のことである。水掛け論、認識の相違、行き違いとも呼ばれる。争点は「何が事実か」ではなく「事実をどう確かめるか」に移っており、記憶を突き合わせても解決しないのが特徴。
原因としてよく挙げられるのは、口頭だけでやり取りしたこと、記録を残していないこと、聞き逃しや聞き間違い、思い込みや解釈の違い、確認不足の5つです。どれも間違ってはいません。ただ、これらはなぜ起きるかの説明であって、今どうするかの答えではありません。
そして顧客との案件では、社内の食い違いとは条件が違います。
食い違いが起きたときに効いてくる3つの条件
社内でも「言った言わない」は起きます。しかし社外の顧客が相手のとき、起きたあとの動き方を縛る条件が3つあります。(案件の立ち上げ時点で効く構造的な非対称については、キックオフミーティングのガイドで扱っています。)
第一に、決定権が社外にあります。社内なら上長の一声で決着させられる場面でも、顧客案件では相手が納得しない限り前に進みません。
第二に、こちらが説明する側に回りやすい構造があります。追加費用、仕様の制約、リスク、納期への影響——これらを伝えるのはたいてい受託する側です。伝えた側は「伝えた」と記憶し、受け取る側は「重要だと認識しなかったから覚えていない」ことがあります。結果として、伝えた事実を示す立場になるのは受託側です。
第三に、関係を壊すと契約ごと失います。社内の言い争いなら、気まずくなっても翌週には仕事が続きます。顧客との間で「証拠を突きつけられた」という印象が残ると、その案件だけでなく次の依頼まで消えます。
だから「勝つ」戦い方をしない
この3つを踏まえると、取るべき姿勢が決まります。目的は、自分が正しかったと相手に認めさせることではありません。案件を前に進めることです。
具体的には、正しさの決着より先に、止まっている作業を動かすこと。そして同じ食い違いが二度起きない状態を作ることです。この記事の手順は、すべてこの前提の上に立っています。
なお、顧客と自社の情報がメール・チャット・会議・ファイルの4系統に分かれ、しかもそれが両社で別々に存在することが、認識のズレを生む構造的な背景です。この構造そのものについてはクライアントワークとは何かを整理した記事で詳しく扱っているため、ここでは繰り返しません。
よく語られる対策では消えない型がある
「言った言わない」への対策として広く語られているのは、テキスト化・復唱・議事録の3つです。検索すればどこでもこの3点に行き当たります。
ただ、一次調査を読むと、この3点では届かない型があることが分かります。
一次調査が示す5つの型
株式会社シンカ(通話録音・顧客対応サービス「カイクラ」を提供)が2021年5月に実施した「言った言わない問題大調査vol.1」は、この問題を設問レベルで分解している数少ない調査です。調査主体は通話録音サービスの事業者であり、その点は差し引いて読む必要があります(本記事の結論は、録音するより確認をもらう運用を勧めるもので、調査主体の主張とは方向が違います)。
先に、この調査の範囲をはっきりさせておきます。
対象は、仕事において外部(クライアントや問い合わせなど)からの電話を取ることが日常的にある人で、自動車・機械、製造業、情報通信・印刷・インターネット、資源・エネルギー・素材、金融・法人サービス、食品・農業・漁業・林業・鉱業、娯楽・エンタメ・メディア、建設・不動産、運輸・物流、生活・公共サービスの10領域に属します。調査人数は2,652人、インターネット調査(モニター提供元はインテージ)、調査期間は2021年5月7日から10日です。
つまりこれは、電話でのやり取りに限定した調査であり、会議やチャット、メールを含むすべてのコミュニケーションを対象にしたものではありません。また5年前のデータです。それでも参照する価値があるのは、揉めた内容を型に分けて聞いている調査が他に見当たらないからです。
同調査は、揉めた経験について「約3割が1年以内に電話での言った言わないで揉めたことがあり、数年以内に揉めた割合も含めると約6割にも及ぶ」と述べています(同調査は設問1の解説では「社内、社外含めて約6-7割」とも記載しています。母集団の取り方が違うため、本記事はまとめ記載の「約6割」を採用しています)。一方で、対策については「約半分の方が特に対策はしていない」、記録については「約半分の方が電話での会話はほとんど報告せず、内容やエビデンスを残していない」としています。
そして揉めた内容として、調査は5つの型を挙げています。
| 型 | 揉めた内容 | テキスト化 | 復唱 | 議事録 |
|---|---|---|---|---|
| (1) | 業界専門用語を使った場合に、相互にイメージが異なり認識違いが発生した | △ 言葉は残るが解釈は残らない | ○ その場で気づける | △ 用語の定義まで書けば |
| (2) | 可能性の説明を、断定・確定であると受け止められた | △ 言い方次第で悪化する | ○ 効きやすい | △ 前提条件を書けば |
| (3) | 他の担当者から聞いた話と異なる | ✕ 誰のテキストが正かが決まらない | ✕ その場にいない | ✕ 回ごとに分散していると引けない |
| (4) | 注意事項・リスク・デメリット・追加費用を説明したのに、後から「聞いていない」と言われた | △ 送った事実しか残らない | △ その場では合意される | △ 相手の確認まではカバーしない |
| (5) | 相手が、以前に言った・伝えた・了承してもらったと、事実と異なる主張をしてきた | △ 反証材料にはなる | ✕ 事後には無力 | △ 内容次第 |
型の内容は同調査の設問5から。ただし型(5)について、原文は「お客様が明らかに嘘をついて『以前に言った/伝えた/了承してもらった』と主張してきて揉めた」と、意図的な虚偽を指す表現になっています。効くかどうかの判定は、各対策の性質に基づく本記事の整理です。
一番多いのは「他の担当者から聞いた話と異なる」
同調査は、この設問について「一番多いのが『他の担当者から聞いた話と異なる』」と述べています。
これは重要な事実です。なぜなら、この型のズレの原因は、その1対1の会話の中にはないからです(ここから先は本記事の整理です)。
複数の担当者が同じ顧客と話し、それぞれが自分のメモを持ち、それぞれが自分の理解で顧客に説明する。顧客の側も、担当者が複数いて、聞いた人と聞いていない人がいる。時間が経てば、どちらの会社でも担当者が交代します。
このとき「その場で復唱する」は無力です。復唱できるのは、その場にいた人だけだからです。「自分のメモを残す」も同じで、メモは書いた人の手元にあり、他の担当者は参照しません。議事録も、回ごとに別ファイルとして分散していれば、後から「その決定はいつのどの回か」を引けません。
次に多いのは「説明したのに、後から聞いていないと言われる」
同調査は続けて「注意事項やリスク、デメリット、追加費用などについて説明したが後から『聞いてない』というクレーム」を挙げています。
この型の構造は、少し違います。説明した事実は残っていることが多いのです。メールの送信履歴もある、資料も送っている。それでも揉めます。
理由は、残っているのがこちらが送った事実だけで、相手が受け取って内容を理解した事実が残っていないからです。送信履歴は、相手がメールを開いたことも、添付資料の3ページ目に書いた但し書きを読んだことも証明しません。
この違いは、後半の証拠論と、決定タイムラインの設計に直結します。
復唱も議事録も「その場にいた1人が、その場でやること」
ここまでを整理すると、こうなります。
広く語られる3つの対策——テキスト化・復唱・議事録——は、いずれも「その場にいた1人が、その場でやること」です。有効な型もあります。実際、上の表で(1)と(2)には——とくに復唱が——効いています。
しかし調査が最も多いとする(3)は担当者をまたいで起き、次に多い(4)は時間をまたいで起きます。どちらも、その場の個人の行動では届きません。必要なのは、案件を貫いて誰でも参照できる1本の記録に、誰が・いつ・何を・なぜ決めたかと、相手が確認した事実まで残っている状態です。
揉めるテーマの最多は納期
もうひとつ、同調査は揉めたテーマについて「一番多いのが納期(スケジュール)」と述べています。
(同調査は冒頭の結果まとめで上位3つを納期・金額・契約内容と記載する一方、該当グラフの解説では2番目を仕様としており、2箇所の記述が一致しません。そのため本記事では、両者が一致する「最多は納期」のみを扱います。)
納期が最多という結果は、案件の運営から見ると腑に落ちます。納期は、他のあらゆる決定の結果として動くからです。仕様を1つ足せば動く。顧客の確認が3日遅れれば動く。素材の支給が遅れても動く。つまり納期は、複数の決定と複数の当事者の行動が合流する場所であり、だからこそ「誰の判断でこうなったのか」が見えなくなりやすいのです。
起きた直後の60分でやってはいけないこと
ここからは、実際に食い違いが起きた場面の手順です。まず、起きた直後の初動から。
以下に出てくる「60分」「24時間以内」は、調査や規範にもとづく数字ではなく、相手の記憶が薄れる前に認識を固定し、こちらが調べる時間を確保するための本記事の目安です。
その場で記録を出して勝ちにいかない
「そんな話は聞いていません」と言われたとき、多くの人が最初にやりたくなるのは、記録を探して見せることです。
これを最初にやるべきではありません。理由は2つあります。
ひとつは、その場で出せる記録はたいてい断片的だからです。急いで探したチャットの1行を見せて「ほら、ここに書いてあります」とやると、相手は「その1行だけでは分からない」と返します。反論の余地を自分から作ることになります。
もうひとつは、記録を出した瞬間に、話し合いの性質が変わることです。それまで「認識が食い違っている」という共同作業だった場が、「どちらの言い分が正しいか」を争う場に変わります。顧客との関係では、この転換に見合う利益はまずありません。案件は止まり、相手は身構えます。
最初の60分でやることは、勝ちにいくことではなく、相手が何をどう認識しているかを正確に受け取ることです。
相手の主張を3点で固定する
その場で確かめるのは、次の3点だけです。
- いつの話か(どの打ち合わせ、どのやり取りを指しているか)
- 何についての話か(費用か、納期か、仕様か、範囲か)
- どうなっていると認識しているか(相手の理解では、何が決まっていたことになっているか)
この3点を、相手の言葉で言い直して確認します。
恐れ入ります、認識を正確に合わせたいので確認させてください。
・7月中旬の打ち合わせで、
・追加のページ制作について、
・追加ページは別途お見積りのうえで進める前提だった、
というご認識でお間違いないでしょうか。
こちらでも当時のやり取りを確認したうえで、改めてご連絡いたします。
この場で反論も肯定もしません。「確認します」で一度引き取ります。
3点で固定しておく意味は大きく2つあります。まず、後から相手の主張が動きにくくなります。次に、こちらが何を調べればよいかが確定します。「いつ・何・どう認識しているか」が曖昧なままでは、調べる範囲が案件全体になってしまいます。
事実の食い違い・解釈の食い違い・こちらの不備を切り分ける
引き取ったあと、24時間以内に切り分けます。食い違いは、次の3つのどれかです。
| 種類 | 何が起きているか | 見分け方 | 取るべき対応 |
|---|---|---|---|
| 事実の食い違い | 一方が言った・言わないの事実そのものがずれている | 記録に残っているかどうかで決着しうる | 痕跡から時系列を復元する(次章) |
| 解釈の食い違い | 双方とも同じ会話を覚えているが、意味の理解が違う | 「その話は覚えている」と相手が言う | 何を決めたことにするかを、今から合意し直す |
| こちらの不備 | 伝えていない、または伝えた記録がどこにもない | 探しても痕跡が出てこない | 認めて、影響の解消を提案する |
切り分けと並行して、もうひとつ必ず確認することがあります。契約書に検収期限・変更の申し出期限・異議申立期間の定めがないかです。定めがある場合、事実確認を進めるのと同時に、その期限内に必要な意思表示を行う必要があります。「まず持ち帰って調べる」という判断が、そのまま期限の徒過につながることがあるためです。判断に迷う場合は、早い段階で社内の法務や上長に共有してください。
実務で最も多いのは、真ん中の解釈の食い違いです。双方とも嘘をついていません。「検討します」を、こちらは持ち帰りの意思表示として、相手は前向きな内諾として受け取っていた——このタイプは、記録を探しても決着しません。記録には「検討します」としか書かれていないからです。
こちらの不備だったときに何をするか
3つめ、つまり探しても痕跡が出てこないケースへの対応を、先に決めておくことをおすすめします。実際に起こるからです。
このとき記録の断片を並べて押し切ろうとすると、かえって長引きます。痕跡がない以上、こちらの説明が不十分だった可能性を否定できません。
やることは3つです。伝わっていなかった事実を認める。影響(費用・納期・スコープ)を整理して提示する。負担の分け方を提案する。全面的に非を認めるかどうかは、契約内容と影響の大きさによるので、金額が大きい場合は独断で決めず社内で判断します。
記録が足りないときに、痕跡から時系列を復元する
「議事録を取っていればよかった」——そのとおりですが、今この瞬間には役に立ちません。ここでは、議事録がない、あるいは断片しかない状態から始める手順を扱います。
なお、議事録が残っている場合の遡及手順は議事録の書き方ガイドにまとめてあるので、そちらを参照してください。この章は、それがない場合の話です。
案件には、思っているより痕跡が残っている
議事録がなくても、案件を進めていれば副産物として記録が生まれています。日付が入っているものは、すべて時系列復元の材料になります。
| 痕跡 | 何が分かるか | 探す場所 |
|---|---|---|
| 見積書・提案書の版と送付日時 | いつの時点で、どこまでが金額に含まれていたか | メールの送信済み、共有フォルダ |
| 資料の版番号と差し替えの日付 | 仕様がいつ変わったか。変更前後の差分 | ファイルの更新日時、版管理 |
| タスク・課題管理の起票日と期限の変更履歴 | いつ何が追加され、いつ期限が動いたか | 管理ツールの履歴 |
| チャットのファイル添付・リンク共有の日時 | 何をいつ渡したか | チャットの検索 |
| デザインカンプ・プロトタイプの更新履歴 | どの案がいつ提示され、どれが採用されたか | デザインツールのバージョン履歴 |
| 請求・検収に関するやり取り | 金額の合意がどの時点で成立していたか | 経理のやり取り、請求書の控え |
| カレンダーの招待と実際の参加者 | その会に誰がいたか。相手の誰が聞いていたか | カレンダー、会議ツールの参加ログ |
| 相手が資料を開いたかどうかの確認状況(共有ツールによっては残らない) | 送っただけか、見られているか | 共有リンクの確認状況 |
この一覧を上から順に見ていくと、たいていの案件で3つか4つは材料が出てきます。重要なのは、1つひとつが決定的な証拠でなくてよいということです。後の章で条文を引きながら見るとおり、証拠は総合的に評価されます。
時系列に並べ直して「決定の候補」を特定する
集めた痕跡を、日付順に1枚に並べます。案件の全期間である必要はありません。初動で固定した「いつの話か」の前後2週間程度から始めると扱いやすくなります。
並べると、ほとんどの場合ある地点が浮かび上がります。「この日を境に、資料の内容が変わっている」「この日に見積の版が上がっている」——そこが決定の候補です。
そして、次の3つに分類します。
- 決定していたと言えそうなもの(複数の痕跡が同じ方向を示している)
- 決定していなかったと言えそうなもの(痕跡がない、または痕跡が逆を示している)
- 決定したのかどうか、痕跡からは判断できないもの
3つめが残ることを前提にしてください。すべてを白黒つけようとすると手が止まります。判断できないものは、判断できないものとして扱い、今から決め直します。
相手に確認を取る文面
復元した時系列は、こちらの中だけに置いても意味がありません。相手に確認してもらって初めて、共通の前提になります。
文面は、段階に応じて2種類を使い分けます。
まず、事実確認だけを行う段階のもの。まだこちらの結論を出しません。
先日ご指摘いただいた件について、当時の記録を確認いたしました。
恐れ入りますが、事実関係について貴社側でもご確認いただけますでしょうか。
【こちらで確認できた経緯】
・7/13 お打ち合わせ(貴社: 佐藤様・田中様 / 弊社: 山田)
・7/14 お見積書(第2版)をお送りしています
・7/17 追加ページを含む構成案をお送りしています
・8/03 上記構成案にもとづく制作に着手しています
【確認させていただきたい点】
・7/14 のお見積書(第2版)は、貴社にてご確認いただけておりますでしょうか
・7/17 の構成案について、ご意見をいただいた記録が弊社側に残っておりません。
貴社側に何か記録は残っておりますでしょうか
行き違いがあったようでしたら、こちらの確認不足の可能性もございます。
経緯を揃えたうえで、今後の進め方をご相談させてください。
次に、決定の候補を提示して合意を取る段階のもの。ここで初めてこちらの整理を出します。
経緯の確認をありがとうございました。
いただいた内容を踏まえ、現時点の認識を以下に整理いたしました。
相違がありましたらご指摘ください。ご指摘がなければ、この内容で進行いたします。
【双方の認識が一致している点】
・追加ページ2ページの制作を行うこと
・公開予定日は9/30であること
【認識に相違があり、今回あらためて確認したい点】
・追加2ページ分の費用の扱い
→ 弊社は 7/14 のお見積書(第2版)で、当該2ページを含めた金額
(第1版から増額)をご提示しておりましたが、貴社では第2版を未確認のまま、
別途お見積りのご相談になるものと受け取られていたと理解しました
【ご提案】
・今回の2ページ分については、下記のとおりとさせてください
(具体的な取り扱いを記載)
・今後、費用と納期に影響する事項は、決定事項として記録し、
次回の定例までにご確認をお願いする運用に変更させてください
お手数ですが、9/11(金)までにご確認をお願いできますと幸いです。
2通目のポイントは3つあります。一致している点を先に置くこと。相違点を「どちらが間違っていたか」ではなく「どう受け取られていたか」の形で書くこと。そして、次に何をするかまで含めることです。
ひとつ注意があります。「ご指摘がなければこの内容で進行します」と書いても、沈黙それ自体で合意が成立するわけではありません。この書き方の目的は、相手に確認を促し、返信という形で記録を残してもらうことです。費用や検収基準に関わる重要な決定は、無返信で済ませず、明示的な返答をもらってください。
水掛け論に入ったら、争点を「言ったか」から「これからどうするか」へ移す
確認を取っても平行線になることがあります。双方が自分の記憶を主張し、決着しない状態——いわゆる水掛け論です。
「言ったか」を争い続けても案件は動かない
水掛け論がやっかいなのは、そこに時間を使っても、案件が1ミリも進まないことです。しかも消耗します。「言った言わないがめんどくさい」と感じるとき、その正体はたいてい、白黒がつかないまま作業が止まっていることへの苛立ちです。
平行線になったと判断したら、争点を移します。
争点を影響に移す
移す先は、費用・納期・スコープです。つまり「誰が正しかったか」ではなく「この食い違いによって、何がどれだけ動くか」に話を変えます。
具体的には、次の順で提示します。
- 認識が一致している範囲を確定する(ここは争わない)
- 食い違っている部分が、費用・納期・スコープにどう影響するかを数える
- その影響を、誰がどう負担するかの選択肢を2〜3案出す
- どの案を採るかを、期限を切って決めてもらう
この転換が効くのは、影響の話には正解があるからです。2ページ追加すれば工数が増えるのは、どちらの記憶が正しくても変わりません。事実認定を保留したまま、前に進める部分だけを合意できます。
止まっている作業を先に動かす
もうひとつ、水掛け論の最中に必ずやることがあります。争点と関係ない作業を止めないことです。
食い違いが起きると、案件全体が止まりがちです。しかし多くの場合、争点になっているのは案件の一部です。争点と切り離せる作業を特定し、そちらは進めてしまいます。
これには実務上の効果もあります。作業が止まったまま日数が経つと、納期の遅れという新しい問題が加わり、そちらの責任をめぐって二次的な食い違いが発生します。争点を1つに抑えることが、結果的に一番早く終わらせる方法です。
何が証拠になるのか——条文で確認する
「証拠がないと不利」とはよく言われます。ではそもそも、何が証拠になり、どう扱われるのか。ここは推測ではなく条文で確認します。
なお、この記事は弁護士による監修を受けたものではありません。条文の解釈や個別の事案への当てはめは事案ごとに異なります。実際に紛争になりそうな場合は、必ず弁護士にご相談ください。以下は、実務で記録の残し方を考えるための一般的な整理です。
口頭の合意でも契約は成立する
まず出発点です。民法522条2項は次のように定めています。
契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。
— 民法第522条第2項(e-Gov法令検索、2026年9月6日確認)
口頭の合意でも契約は成立します。「契約書がないから約束は無効」ではありません。これは受託側にとって有利にも不利にも働きます。口頭で受けた追加依頼にも報酬を請求しうる一方、口頭で答えた「それくらいならやります」も拘束しうるからです。
ただし「法令に特別の定めがある場合を除き」の例外がある
見落とされやすいのが、この条文の「法令に特別の定めがある場合を除き」という部分です。口頭で何でも成立するわけではありません。
分かりやすい例が保証契約です。
保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない。
— 民法第446条第2項(同上)
さらに同条3項は、内容を記録した電磁的記録によってされたときは書面によってされたものとみなす、と定めています。
したがって「口約束でも有効」は、原則としては正しいものの、例外があります。自分の案件がどちらなのかは、契約の種類ごとに確認が必要です。
文書は、出すだけでは通らない
ここからが、あまり語られない部分です。「記録を残しましょう」の一歩先にあります。
文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。
— 民事訴訟法第228条第1項(e-Gov法令検索、2026年9月6日確認)
つまり、文書を出せばそれで通るのではなく、その文書が本物であること(作成者とされる人が本当に作ったこと)を示す必要があります。
もっとも、相手がそれを争わなければ実際に問題になることは多くありません。裏を返せば、相手が受け取って否定しなかった記録ほど扱いやすいということでもあります。この記事が繰り返している話と同じ構造です。
メールやチャットに署名も押印もないことの意味
その証明を助ける規定が、同条4項です。
私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
— 民事訴訟法第228条第4項(同上)
署名または押印があれば推定が働く、という規定です。ここで気づくべきことがあります。日常のメールやビジネスチャットには、この条文が言う署名も押印もありません。
だからメールやチャットが無価値ということではありません。後述するとおり、証拠の評価はもっと総合的です。ただ、押印された契約書や検収書と、チャットの1行が同じ強さで扱われるわけではない、という感覚は持っておく価値があります。
なお、デジタルな記録に推定が働く経路がまったくないわけではありません。電子署名法3条は次のように定めています。
電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。
— 電子署名及び認証業務に関する法律第3条(e-Gov法令検索、2026年9月6日確認)
電子契約サービスで締結した書面はこの条文に乗りうる一方、日常のメールやチャットは乗りません。どこに何を残すかの選択は、この差を踏まえて決める価値があります。
電磁的記録には、228条4項の推定が条文上働かない
メールやチャットのように、紙ではなく電磁的記録として存在するものについては、さらに踏み込んだ条文が置かれています。
第二百二十条から第二百二十八条まで(同条第四項を除く。)及び第二百三十条の規定は、前条第一項の証拠調べについて準用する。
— 民事訴訟法第231条の3第1項(e-Gov法令検索、2026年9月6日確認。同法の現行版は2026年6月24日施行。同項後段の読替規定は引用を省略しています)
読み飛ばしそうなカッコ書きに、重要なことが書かれています。準用される範囲から「同条第四項を除く」——つまり電磁的記録として証拠調べを求める場合、228条4項の推定は条文上はっきり除かれています。
前の項で書いた「署名も押印もない」は事実上の話でしたが、こちらは条文のレベルの話です。ただし、ここで除かれているのは民事訴訟法228条4項であって、先に触れた電子署名法3条の推定は別の法律の規定です。この除外の影響は受けません。
(電磁的記録の証拠調べの申出の手続は、民事訴訟法231条の2に定められています。)
録音やスクリーンショットの位置づけ
打ち合わせの録音や画面のスクリーンショットはどう扱われるのか。これも条文があります。
この節の規定は、図面、写真、録音テープ、ビデオテープその他の情報を表すために作成された物件で文書でないものについて準用する。
— 民事訴訟法第231条(同上)
文書でないものにも、文書についての規定が準用されます。録音やスクリーンショットも、証拠として扱われうる対象に入っているということです。
なお、いま打ち合わせで使われる録音は、ICレコーダーやスマートフォンで記録したデジタルのファイル、つまり電磁的記録であることがほとんどです。その場合は231条ではなく、前の項で見た231条の2・231条の3の手続によるのが原則と考えられます。
また、会話の当事者が自分で録音すること自体は、一般に違法とはされていません。ただし顧客との案件では、黙って録っていたことが後から分かったときに関係へ与える影響も考慮すべきです。実務としては、録るより先に、決まったことを共有して確認をもらう運用のほうが安全です。
最後は総合評価になる
そして、証拠が最終的にどう扱われるかを定めているのが次の条文です。
裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する。
— 民事訴訟法第247条(同上)
一点の証拠で自動的に決まるのではなく、出てきた材料の全体を見て判断される、という建て付けです。逆に言えば、決定的な1本がなくても、複数の記録が同じ方向を示していれば意味があるということでもあります。痕跡から時系列を復元する章で「1つひとつが決定的な証拠でなくてよい」と書いたのは、この構造があるからです。
もうひとつ、覚えておくと役に立つ条文があります。
裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない。
— 民事訴訟法第179条(同上)
ただしこの条文が言う自白は、訴訟の場でされたものを指します。取引のメールで「その認識で合っています」と返信をもらっても、それがそのまま179条にあたるわけではありません。
それでも実務では意味があります。一度認めた内容は後から覆しにくく、そもそも争点になりにくくなるからです。条文上の効果ではなく、事実上の効果として理解してください。
実務の結論
以上を、記録の残し方に翻訳するとこうなります。
価値があるのは「こちらが送った記録」ではなく、「相手が受け取って、否定しなかった記録」です。
一方通行で送りつけた資料は、送信の事実しか示しません。これに対し、内容を提示して確認を求め、相手が同意したか、あるいは期限まで異議を述べなかった記録は、意味の重みが違います。前半で見た調査の型(4)——説明したのに後から「聞いていない」と言われる型——が起きるのは、まさに前者しか残していないからです。
なお、どちらがどこまで示す責任を負うかという点については、条文に一律の定めがあるわけではなく、解釈と実務の積み重ねによって判断されています。一般には、権利を主張する側がその前提となる事実を示すことになるとされますが、事案によって異なります。この点も含め、実際の紛争では弁護士にご相談ください。
二度目を起こさない——決定タイムラインを食い違いに耐える形にする
ここからは予防です。ただし「議事録を取りましょう」ではありません。前半で見たとおり、最も多い発生型は担当者をまたいで起き、回ごとの議事録では届かないからです。
決定事項だけを案件単位の時系列に抜き出す運用——決定タイムライン——は、議事録の書き方ガイドで扱っています。決定日・決定者・根拠の3点セットも、決定にIDを振って更新を書き換えではなく履歴で残す形式も、そちらにあります。まだ運用していなければ、先にそちらを読んでください。
この章では、その決定タイムラインを顧客との食い違いに耐える形に拡張します。足すのは3つだけです。影響範囲、載せる決定の選別基準、そして顧客側もそれを見ているかどうか。
拡張1: 決定の1件に「影響範囲」を足す
決定タイムラインの1件を、次の5項目にします。決定事項・根拠・決めた人・日付の4つに、影響範囲を加えた形です(議事録の書き方ガイドでいう決定日・決定者を、本記事では日付・決めた人と呼びます)。
決定ID: D-12
決定事項: 追加2ページ分の制作費は、7/14 お見積書(第2版)に含まれるものとし、
第2版の金額で請求する
根拠: 第2版のスコープに当該2ページが含まれており、
7/17 送付の構成案でも同一の構成であったため
決めた人: A社 佐藤様(承認) / 弊社 山田(起案)
日付: 2026-09-08
影響範囲: 費用 = 第2版の金額どおり(第1版からの差額が発生する)。
第2版を超える追加請求はしない
納期 = 公開日 9/30 は変更なし
スコープ = 変更なし(第2版の時点で全10ページ)
影響範囲を足す理由は2つあります。
ひとつは、揉めるテーマの最多が納期だったことです。納期は他の決定の結果として動きます。決定を書いた時点で「この決定は納期に影響するか」を書いておけば、後から納期を遡って追えます。
もうひとつは、影響範囲が書かれていると、決定の重さが読む人に伝わることです。「費用に影響なし・納期に影響なし・スコープ変更なし」と書かれた決定は軽く読める。逆に3つとも動く決定は、読む人が身構えます。これは担当者が交代したときに効きます。
なお、決定事項は動詞で言い切ってください。「〜を検討する」は決定ではないので、決まっていないなら未決事項として別に置きます。この決定を後から変更する場合も、元の行は書き換えず、新しい決定を追加して「D-12 を更新」と履歴で残します。この形式は議事録の書き方ガイドの決定タイムラインと同じなので、ここでは繰り返しません。
拡張2: 載せる決定を選ぶ
すべての決定を載せる必要はありません。載せすぎると運用が止まります。
載せる基準は5つです。次のどれかに当てはまるものだけを載せます。
| 基準 | 例 | 載せない例 |
|---|---|---|
| 費用が動く | 見積の範囲外の作業を有償で引き受ける | 社内の作業分担を変える |
| 納期が動く | 公開日を1週間後ろにする | 中間レビューの時刻をずらす |
| スコープが動く | 対応範囲に多言語ページを加える | 文言を1か所直す |
| 検収の基準が動く | 検収の対象に管理画面を含める | テスト環境のURLを変える |
| 体制が動く | 顧客側の窓口が佐藤様から田中様に変わる | 会議の議事録係を交代する |
迷ったときの判断は簡単です。「この決定を、3か月後の自分や、引き継いだ人が知らなかったら困るか」を考えます。困るなら載せる。困らないなら載せません。
着手前に決めておくべき項目のほうは、キックオフミーティングのガイドにチェックリストがあります。この章は、着手後に決まったことの扱いです。
拡張3: 顧客側も同じものを見ている状態にする
ここが、社内向けの決定管理と決定的に違う点です。
担当者が代わっても引き継げる状態とは、次の4つが揃っている状態を指します。
- 決定が1か所にまとまっていて、回ごとのファイルを開かなくても一覧できる
- それぞれの決定に根拠が書かれていて、なぜそうなったかを本人に聞かなくても分かる
- 変更された決定は履歴として残っていて、いつから変わったかを追える
- 顧客側もそれを見られる、または同じ内容を確認済みである
はじめの3つは、議事録の書き方ガイドの決定タイムラインで満たせます。4つめが抜けると、社内の引き継ぎ資料としては機能しても、顧客との食い違いは防げません。顧客側の担当者が交代したときに、こちらの記録だけがあっても、相手には共有されていないからです。
そして前章で見たとおり、価値があるのは相手が受け取って否定しなかった記録でした。4つめは、記録の置き方の問題であると同時に、証拠としての強さの問題でもあります。
そもそも「断定」と受け取られない伝え方
前半で見た調査の型(1)と(2)——専門用語で認識違いが起きる、可能性の説明が断定と受け取られる——は、記録の設計ではなく、話し方で減らせる部分です。
受託の会話で危ない5つの言い方
受託の現場で頻出し、かつ相手に別の意味で伝わりやすい言い方があります。
| よくある言い方 | 相手が受け取りうる意味 | 言い直し例 |
|---|---|---|
| できなくはないです | やってくれる(追加費用なしで) | 技術的には可能です。ただし工数が増えるため、費用と納期への影響をお見積りしたうえでご判断いただけますか |
| たぶん来週には | 来週には出てくる(確定した予定として) | 現時点の見込みは来週後半です。◯日までに確定してご連絡します |
| 基本的には対応できます | 全部やってくれる | 通常の範囲であれば対応できます。範囲外になるのは◯◯と◯◯のケースです |
| 持ち帰って検討します | 前向きに進めてくれる | 社内で可否を確認します。◯日までに、できる・できないをご回答します |
| 軽微な修正なら対応します | 自分が軽微だと思うものは全部やってくれる | 文言と画像の差し替えは追加費用なしで対応します。レイアウトの変更は別途お見積りとなります |
共通しているのは、量の限定と期限が抜けていることです。「どこまでか」と「いつまでか」を足すだけで、断定と受け取られる余地はかなり減ります。
専門用語は、初出時に定義を書く
型(1)の専門用語の問題は、業界が違えば必ず起きます。「実装」「反映」「公開」「対応」——どれも受託側と顧客側で指す範囲が違うことがあります。
対策はシンプルで、初めて使う用語は、その場で意味を1行添えることです。特に検収の対象になる用語(「完成」「納品」「対応済み」など)は、案件の最初に定義を揃えておく価値があります。
なお、着手前に決めておけば起きなかった型については、キックオフミーティングのガイドに決定項目のチェックリストがあります。この記事は着手後に決まったことの扱いを、そちらは着手前に決めておくことを扱っています。
顧客から「聞いていない」とクレームが来たときの対応
最後に、食い違いがクレームの形で来た場合です。相手が既に不満を表明している状態なので、初動が少し変わります。
謝罪と、事実の認否を分ける
最初にやることは、この2つを分けることです。
謝るべきことは、この時点でも確実にあります。相手に不安や手間をかけたこと、認識を揃える機会を作れなかったこと。ここは即座に、はっきり伝えます。
一方で、事実の認否——本当に伝えていなかったのかどうか——は、この時点では保留します。まだ調べていないからです。
このたびはご不安をおかけし、申し訳ございません。
認識の相違が生じていること自体、弊社の確認が十分でなかったと考えております。
まず事実関係を確認させていただきたく、
◯日までに経緯を整理してご連絡いたします。
そのうえで、今後の進め方をご相談させてください。
この2つを混ぜて「申し訳ございません、こちらの伝達不足でした」と最初に言い切ると、後から記録が出てきても、事実上、覆すのが難しくなります。逆に「いえ、お伝えしています」と最初に返すと、相手の不満は解消されないまま争いになります。分けて伝えるのが、どちらの事故も避ける方法です。
相手の主張が事実と異なると考えられるとき
調査の型(5)——相手が事実と異なる主張をしてくるケース——も、実際にあります。同調査は、期限までのキャンセル連絡がないと追加費用がかかる場合などに、費用を抑えたいといった動機からこうした主張がなされることがあると挙げています。
このとき、断定は避けてください。相手が意図的なのか、本当に記憶違いなのかを、こちらが判定する手段はありません。そして誤って前者と決めつけたときの損失は大きいものです。
現実的な進め方は次のようになります。
事実の指摘は、人ではなく記録を主語にします。「そうはおっしゃっていませんでした」ではなく「7/14の見積書には、この項目が含まれています」と書きます。
そのうえで、金額や影響が一定以上になる場合、担当者間の応酬を続けません。社内の上長に共有し、必要なら契約書の条項に沿った手続き(協議、変更合意書など)に切り替えます。担当者同士で長引かせるほど、感情的な対立になり、着地が難しくなります。
判断のラインは案件ごとに決めておくとよいのですが、目安としては、費用や納期への影響が案件全体の見通しを変える規模になったとき、あるいは同じ相手と同種の食い違いが繰り返されているときです。
決定と根拠が同じ場所に集まっている状態をつくる
ここまでの手順は、すべて紙とメールでも実行できます。実際、この記事のテンプレートはコピーしてそのまま使えるように書いています。
ただ、運用を続けるうえで効いてくるのは、決定と根拠と資料が同じ場所にあるかどうかです。決定タイムラインは決定管理ツールに、資料は共有ストレージに、確認のやり取りはメールに——と分かれていると、結局「どの資料についての決定か」を人がたどることになります。担当者が交代した瞬間に、そのたどり方ごと失われます。
そして、この記事で繰り返し出てきた「相手が受け取って、否定しなかった記録」を残すには、送った側だけでなく、相手が見たかどうかまで分かる必要があります。
顧客との仕事の全てが、ここに見える。
Terasuは、案件ごとに顧客とワンチームのワークスペースを作ります。決定と根拠が1本の決定タイムラインに残り、資料の最新版もそこにあり、先方が確認したかどうかまで見える。「言った言わない」を、個人の記憶力ではなく案件の構造で防ぐための場所です。まずは1つの案件から無料でお試しください。
無料ではじめるよくある質問
「言った言わない」の言い換えは? 顧客へのメールではどう書けばいいですか?
顧客に送る文面では「言った言わない」という表現そのものを使わないことをおすすめします。どちらかが嘘をついている、という含みを持つためです。
場面ごとの使い分けは次のとおりです。認識の相違は、双方の理解がずれている状態を中立に指す言葉で、社外文書で最も使いやすい表現です。行き違いは、連絡の経路や時間差でずれた場合に向きます。認識齟齬は同じ意味ですが硬い響きなので、社内文書向きです。すれ違いは日常語で、正式な文書には不向きです。伝達の齟齬は、こちら側の伝え方に原因があったことを示唆するため、非を認める場面で使います。
実際の文面では「認識の相違が生じているようですので、経緯を確認させてください」「行き違いがございましたようで失礼いたしました」といった形になります。
「言った言わない」は結局どちらが悪いのですか? 水掛け論になったらどうすればいいですか?
この問いに答えを出そうとすること自体が、たいてい損になります。仮に決着しても、そこで得られるのは「正しかった」という事実だけで、案件は1日分遅れているからです。
「言った側が証拠を出すべき」という説明を見かけますが、これは一般論としてはあり得るものの、あらゆる場面に当てはまる規則ではありません。何をどちらが示すべきかは事案によって異なります。
平行線になったと判断したら、争点を移すのが実務的です。認識が一致している範囲を先に確定し、食い違っている部分が費用・納期・スコープにどう影響するかを数え、その負担の分け方の選択肢を出して、期限を切って決めてもらいます。事実認定を保留したまま、前に進める部分だけを合意できます。
証拠がないときはどうすればいいですか?
「証拠がない」と感じるとき、実際に無いのは議事録であって、記録そのものではないことがほとんどです。案件を進めていれば、日付を持った副産物が8種類ほど残っています(本文の一覧を参照してください)。
これらを日付順に並べると、資料の内容や見積の版が変わった地点が浮かび上がります。そこが決定の候補です。1つひとつが決定的である必要はありません。
そのうえで、復元した経緯を相手に提示し、事実関係の確認を求めます。本文の「相手に確認を取る文面」の1通目がそのまま使えます。
言った言わないの証拠は、裁判ではどう扱われますか?
以下は条文にもとづく一般的な説明です。この記事は弁護士による監修を受けたものではないため、実際の事案については弁護士にご相談ください。
まず、文書は存在するだけでは足りず、その成立が真正であること、つまり作成者とされる人が本当に作ったことを証明する必要があるとされています(民事訴訟法228条1項)。私文書について、本人またはその代理人の署名または押印があるときは真正に成立したものと推定する、という規定があります(同条4項)。日常のメールやビジネスチャットには、この条文が言う署名も押印もありません。
録音テープやビデオテープなど文書でないものについては、書証に関する規定が準用されます(同法231条)。デジタルデータのような電磁的記録については同法231条の3第1項が準用の範囲を定めており、そこでは228条4項が明示的に除かれています。そして裁判所は、口頭弁論の全趣旨と証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により判断するとされています(同法247条)。一点の証拠で自動的に決まるのではなく、材料の全体を見て判断される建て付けです。
なお、訴訟上の自白した事実と顕著な事実は証明を要しないとされています(同法179条)。取引上のメールでの確認はこれに直接あたるわけではありませんが、一度認めた内容は後から覆しにくいため、争点になりにくくする効果は期待できます。
証拠能力のない証拠とは何ですか?
証拠能力と証拠力(証明力)は別の概念です。証拠能力は、そもそもその材料を証拠として取り調べてよいかという入口の問題で、証明力は、取り調べた結果それがどれだけ信用できるかという中身の問題です。
刑事訴訟では証拠能力に厳格な制限がありますが、民事訴訟では制限は比較的緩やかだとされています。そのため民事の実務で問題になるのは、多くの場合「証拠として使えるか」ではなく「どれだけ信用してもらえるか」のほうです。
したがって記録を残すときに考えるべきなのは、それが証拠になるかどうかより、後から見た人が納得できる形になっているか、他の記録と矛盾しないか、相手も同じ内容を確認しているかです。個別の判断については弁護士にご確認ください。
口約束に法的拘束力はありますか?
民法522条2項は、契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しないと定めています。したがって口頭の合意でも契約は成立しうるのが原則です。
ただし条文には「法令に特別の定めがある場合を除き」という留保があり、例外は実在します。たとえば保証契約は、書面でしなければその効力を生じないとされています(民法446条2項)。内容を記録した電磁的記録によってされたときは書面によってされたものとみなす、という規定もあります(同条3項)。
自分の案件がどちらに当たるかは契約の種類によります。判断が必要な場面では弁護士にご相談ください。
顧客からクレームが来たら、まず謝るべきですか?
「まず謝る」か「まず反論する」かの二択で考えると、どちらを選んでも事故になります。分けるべきは順番ではなく、謝る対象と、認否を保留する対象です。
相手に不安や手間をかけたこと、認識を揃える機会を作れなかったことについては、この時点でも確実に謝れます。ここは即座に、はっきり伝えます。
一方で、本当に伝えていなかったのかどうかという事実の認否は、調べる前に確定させません。「こちらの伝達不足でした」と最初に言い切ると、後から記録が出てきても、事実上、覆すのが難しくなります。逆に「お伝えしています」と即座に返すと、相手の不満は解消されないまま争いになります。
実際の文面は「ご不安をおかけし申し訳ございません。まず事実関係を確認させていただき、◯日までにご連絡いたします」という形になります。
打ち合わせを録音してもいいですか?
会話の当事者が自ら録音すること自体は、一般に違法とはされていません。民事訴訟法231条は、録音テープなど文書でないものについても書証の規定を準用すると定めており、証拠として扱われうる対象に入っています。なお、いま使われる録音はICレコーダーやスマートフォンのデジタルファイル、つまり電磁的記録であることがほとんどで、その場合は同法231条の2・231条の3の手続によるのが原則と考えられます。
ただし顧客との案件では、法的に可能かどうかとは別の判断が必要です。黙って録音していたことが後から分かったとき、相手が受ける印象は小さくありません。信頼関係を前提に進める仕事では、その損失が録音の利益を上回ることがあります。
実務としておすすめするのは、録ることより、決まった内容をその日のうちに共有し、相手から確認をもらう運用です。相手が認めた事実のほうが、扱いやすい記録になります。組織として録音を導入する場合は、社内規程や相手方への周知の要否を含め、法務や弁護士に確認してください。
言った言わないがめんどくさくて、関わりたくありません。
この感情は、案件を守るうえで実は正しい信号です。白黒をつける作業は消耗が大きいわりに、案件を1ミリも前に進めないからです。避けたい気持ちを、順番を変える判断に翻訳してください。
まず、争点と切り離せる作業を特定して、そちらを進めてしまってください。案件全体が止まると、納期の遅れという新しい問題が加わり、その責任をめぐって二次的な食い違いが起きます。争点を1つに抑えることが、結果として一番早く終わらせる方法です。
そのうえで、争点については事実認定に深入りせず、費用・納期・スコープへの影響と、その負担の分け方に話を移します。影響の整理は記憶と違って正解があるため、決着させやすくなります。
議事録を取っていれば「言った言わない」は防げますか?
防げる型と、防げない型があります。
株式会社シンカが2021年5月に実施した調査(電話でのやり取りに限定、外部からの電話を日常的に取る10業種の2,652人が対象)は、揉めた内容の型として、専門用語による認識違い、可能性の説明が断定と受け取られたケース、他の担当者から聞いた話と異なるケース、説明したのに後から聞いていないと言われたケース、相手が事実と異なる主張をしてくるケースの5つを挙げ、最も多いのは「他の担当者から聞いた話と異なる」だとしています。
この型は担当者をまたいで起きるため、回ごとに分散した議事録では後から引けません。必要なのは、案件を貫く1本の決定タイムラインに、決定・根拠・決めた人・日付・影響範囲が残っていて、顧客側もそれを確認している状態です。
議事録の書き方そのものと、決定タイムラインの運用については議事録の書き方ガイドをご覧ください。
まとめ
顧客との案件で起きる「言った言わない」について、この記事で扱ったことを整理します。
起きた直後は、記録を出して勝ちにいきません。相手の認識を「いつ・何について・どう認識しているか」の3点で固定し、一度引き取ります。そのうえで、事実の食い違いか、解釈の食い違いか、こちらの不備かを切り分けます。
議事録がなくても、案件には見積の版、資料の差し替え日、タスクの起票日、共有の日時など8種類の痕跡が残っています。日付順に並べ直せば決定の候補が浮かび上がり、そこから相手に事実確認を求められます。
平行線になったら、争点を「言ったか」から「費用・納期・スコープがどう動くか」へ移します。同時に、争点と切り離せる作業は止めません。
証拠については、民法522条2項により口頭の合意でも契約は成立しうる一方、民事訴訟法228条1項により文書は出すだけでは通らず、成立の真正の証明が求められます。電磁的記録には同条4項の推定が231条の3第1項で明示的に除かれており、最終的には247条の総合評価になります。だから価値があるのは、送った記録ではなく、相手が受け取って否定しなかった記録です。
そして二度目を防ぐのは、議事録の枚数ではありません。一次調査(電話でのやり取りを対象とした2021年の調査)が最も多いとする発生型は「他の担当者から聞いた話と異なる」で、これは個人の復唱やメモでは消えないからです。費用・納期・スコープ・検収基準・体制に関わる決定だけを、決定事項・根拠・決めた人・日付・影響範囲の5項目で1本の決定タイムラインに集め、変更は書き換えず履歴で残し、顧客側も同じものを確認している状態を作ることが、構造としての対策になります。
出典
- 株式会社シンカ「言った言わない問題大調査vol.1」(調査期間 2021年5月7日〜10日、調査人数2,652人、インターネット調査、モニター提供元インテージ。対象は仕事において外部からの電話を取ることが日常的にある10業種の就業者)|PDF(2026年9月6日確認)※調査主体は通話録音サービスの提供事業者です
- 民法(第522条・第446条)|e-Gov法令検索(2026年9月6日確認)
- 民事訴訟法(第179条・第228条・第231条・第231条の2・第231条の3・第247条)|e-Gov法令検索(2026年9月6日確認。現行版は2026年6月24日施行)
- 電子署名及び認証業務に関する法律(第3条)|e-Gov法令検索(2026年9月6日確認)


