Gongのディールエクゼキューション研究から学ぶ|商談実行の科学
Gongのディールエクゼキューション研究から学ぶ|商談実行の科学

ディールエクゼキューションとは、商談の各フェーズで適切な行動を適切なタイミングで実行し、受注確度を継続的に高めていくプロセス管理手法である。
「商談が特定のフェーズで止まってしまう」「なぜ受注できた案件と失注した案件で結果が分かれたのか分からない」——こうした課題は、多くの営業組織が抱えています。
Gongは数百万件の商談データを分析し、受注につながる商談実行のパターンを体系化してきました。本記事ではGongのディールエクゼキューション研究から得られた知見を整理し、日本のB2B営業への応用方法を解説します。
ディールエクゼキューションとは
ディールエクゼキューションとは、単に「商談を進める」ことではなく、「各フェーズで何をすべきかを明確にし、それを確実に実行する」ことです。
Gongの研究では、同じ難易度の商談でも、担当者によって受注率が大きく異なることが示されています。その差は「運」や「人脈」だけでなく、具体的な行動パターン——誰を巻き込んだか、どのタイミングで何を提示したか、どのような質問をしたか——によって説明できることが多いとされています。
特に注目すべきは、受注担当者と失注担当者で「同じ商談フェーズでの行動」が体系的に異なることです。発見フェーズでの質問の深さ、提案書の顧客適合性、検討フェーズでの顧客エンゲージメントの維持方法——これらは全て学習・改善できるスキルであり、組織的に取り組む価値があります。
| 商談フェーズ | 低パフォーマーの行動 | 高パフォーマーの行動 |
|---|---|---|
| 発見フェーズ | 課題を表面的に確認 | 課題の根本原因・影響範囲を深掘り |
| 提案フェーズ | 一律の資料を提示 | 顧客固有の課題に対応した提案 |
| 検討フェーズ | 連絡を待つ | 閲覧データで状況を把握し先手を打つ |
| 最終交渉 | 価格中心の議論 | 価値・ROIを軸にした議論 |
商談が失速する3つのシグナル
Gongの分析で明らかになった、商談が失速する前に現れる3つの主要シグナルを紹介します。
シグナル1: エンゲージメントの低下
顧客からのメール返信速度が落ちる、会議の欠席が増える、資料の閲覧頻度が下がる——これらは商談が危険な状態に入っているサインです。Gongのデータによると、エンゲージメントが2週間以上低下した商談の失注率は、継続してエンゲージメントが高い商談の3倍以上になるとされています。
シグナル2: 意思決定者の不関与
担当者レベルの合意はできているが、予算決裁者・法務・情報システム部門などの関与がない状態は危険です。マルチスレッド営業の重要性で詳しく解説していますが、決裁者が関与していない商談は最終フェーズで頓挫しやすい傾向があります。
シグナル3: 次のアクションが不明確
「また連絡します」で商談が終わる場合、多くは失注に向かっています。Gongの研究では、受注した商談の90%以上で「次回会議の日程」または「顧客側の具体的なアクション」が設定されていたのに対し、失注商談では次のアクションが不明確なケースが多かったとされています。

受注商談と失注商談の行動パターン比較
Gongが行った受注・失注商談の大規模比較分析から、両者の行動パターンの違いを具体的に解説します。
発見フェーズの違い
受注商談では「問題の影響範囲」「現状の対処コスト」「解決できない場合のリスク」を深掘りする質問が多く見られます。顧客が「この問題を放置するとどうなるか」を言語化できる状態になると、解決策への投資の意義が明確になります。
失注商談では表面的なニーズヒアリング(「何に困っているか」「何が欲しいか」)にとどまる傾向があり、顧客自身が問題の深刻さを認識できないまま提案フェーズに移行するケースが多いです。
提案フェーズの違い
受注商談では「発見フェーズで把握した顧客固有の課題」を提案書に明示的に反映し、「なぜこの顧客にとってこのソリューションが最適か」を顧客の言葉を使って説明する構成になっています。
失注商談では自社製品の機能・スペックの説明が中心で、「顧客の課題をどう解決するか」の文脈が薄い提案書になる傾向があります。
検討フェーズの違い
受注商談では「顧客の閲覧行動データ」を活用し、顧客が特に注目しているポイントに対してタイムリーにフォローアップしています。デジタルセールスルーム完全ガイド2026で解説していますが、DSRの閲覧データを活用することで「顧客が価格ページを閲覧した直後に価格に関する詳細資料を送る」というタイミングの最適化が可能になります。
失注商談では「顧客から連絡がくるまで待つ」という受動的なアプローチが多く、検討フェーズでのエンゲージメント維持が弱い傾向があります。
データドリブンな商談管理の実践
Gongが提唱するデータドリブンな商談管理を日本の営業組織に適用するための実践的なアプローチを紹介します。
アプローチ1: 商談スコアリングの導入
すべての商談を定性的な「感覚」だけで評価するのではなく、客観的なスコアリング指標を設定します。例えば、「意思決定者の関与度」「次回アクションの明確さ」「顧客からの情報共有の積極性」「競合情報の把握」などを5段階で評価し、商談の健全性を定量化します。
商談スコアリングを導入する際の注意点として、スコアが「商談の管理ツール」として担当者に評価されると拒否感が生まれやすいです。「自分の商談の状態を客観的に把握するためのツール」として位置づけ、スコアが低い商談を「サポートが必要な商談」として扱うことが重要です。
アプローチ2: ウィン/ロス分析の体系化
受注・失注のたびに標準化されたレビューを実施し、何が結果を分けたのかをデータで記録します。特に「失注理由として担当者が報告したこと」と「実際の顧客行動データが示すこと」の乖離に注目すると、組織的な学習が深まります。
ウィン/ロス分析で特に重要な問いを以下に示します。
- 最初に顧客の関心を引いた要因は何か(受注の起点)
- 商談が最も危険だった瞬間はどこか(リスクポイント)
- 競合との差別化要因として最も効果的だったのは何か
- 受注を決めた最終的な理由は顧客から見て何か
アプローチ3: コーチングの焦点を行動に絞る
「もっと頑張れ」ではなく「次の商談でこの3つの質問を必ず聞く」という具体的な行動レベルのコーチングが効果的です。Gongのデータでは、抽象的なアドバイスより具体的な行動指示の方がパフォーマンス改善につながることが示されています。
日本市場特有の商談実行課題
日本のB2B営業では、ディールエクゼキューションにおいて固有の課題があります。
稟議プロセスの見えにくさ
日本企業では、外部には見えにくい社内稟議プロセスで商談が進んでいることが多いです。商談進捗の可視化方法で解説しているように、顧客の社内プロセスを事前に把握し、それに合わせたサポートを提供することが重要です。
稟議プロセスを把握するための質問例として「社内での決裁フローはどのような流れになりますか」「決裁に向けて私どもができるサポートはありますか」「稟議書に必要な情報で、まだご用意できていないものはありますか」などが効果的です。
関係性重視の文化との両立
データドリブンなアプローチは、日本の「関係性を大切にする」文化と矛盾するように見えるかもしれません。しかし実際には、顧客の行動データを活用することで「顧客が何を必要としているか」をより正確に把握し、より適切なタイミングで適切な情報を提供できるようになります。データは関係性構築を補完するものです。
決裁スピードの遅さへの対処
日本の意思決定は合意形成を重視するため、欧米より決裁に時間がかかることが多いです。この特性を理解した上で「長い商談サイクルでのエンゲージメント維持」に特化したアプローチが必要です。
- 月次・四半期での定期的な価値提供(業界レポート・セミナー招待など)
- 顧客の稟議スケジュールに合わせたコンテンツ提供タイミングの最適化
- 長期商談でのマルチスレッドによるリスク分散
ディールエクゼキューションにおけるDSRの役割
デジタルセールスルームは、Gongが提唱するディールエクゼキューションの核心となる「検討フェーズでのエンゲージメント維持」と「次のアクションの明確化」に直接貢献します。
エンゲージメント維持の自動化
従来、検討フェーズでの顧客エンゲージメントを維持するためには、営業担当者が定期的に「その後いかがでしょうか」というフォローアップメールを送る必要がありました。しかしこのアプローチは、タイミングが顧客の検討状況と一致しないことが多く、むしろ顧客の煩わしさになることもあります。
DSRを活用することで、顧客が自分のペースで情報にアクセスでき、その訪問データが営業担当者に通知されます。「顧客が今日DSRを再訪問した」という通知を受けた営業担当者は「ちょうどご連絡しようと思っていました」という自然なフォローアップができます。
コンテンツ追加による関心の喚起
DSRに新しいコンテンツ(最新の事例・価格更新・新機能案内)を追加した際に顧客に通知する機能を活用することで、商談が「止まっている」状態でも自然な形でエンゲージメントを再活性化できます。
次のアクションの設定と追跡
DSR内にMutual Action Plan(共同アクションプラン)機能を持つツールを活用することで、顧客側・営業側の次のアクションをDSR上で管理し、進捗を双方が確認できます。「合意はしたが誰も進まない」という状態を防ぎ、商談のモメンタムを維持できます。
業界別ディールエクゼキューションのパターン
業界によって、ディールエクゼキューションの最適なアプローチが異なります。
SaaS・ソフトウェア業界
商談サイクルが比較的短く(1-3ヶ月)、テクニカルバイヤーの影響力が強い傾向があります。POC(概念実証)・フリートライアルを積極的に活用し、「使ってみることで価値を実感する」プロセスが効果的です。POC期間中のエンゲージメントデータ(ログイン頻度・機能利用状況)がディールエクゼキューションの重要なシグナルになります。
コンサルティング・サービス業界
「人を買う」要素が強く、担当者の専門性・信頼性の訴求が重要です。過去の実績・チームの専門性・方法論を分かりやすく伝えるコンテンツの質が商談結果を左右します。提案書の詳細さよりも「この会社・このチームに任せれば成功する」という確信を顧客が持てるかどうかが決め手になります。
製造業向けソリューション
導入コスト・既存システムとの統合・メンテナンス・サポート体制への懸念が強い傾向があります。他社での導入事例・ROI実績・サポート体制の詳細を充実させることが重要です。特に「同業他社での導入実績」は最も説得力の高いコンテンツになります。
商談実行力を高める組織的取り組み
個人の営業スキル向上に加えて、組織として商談実行力を高めるための取り組みを解説します。
受注商談の分析と展開
受注した商談について「何が効果的だったか」を体系的に分析し、そのパターンをプレイブック(営業手順書)として整備します。「業界X・規模Y・課題Zの顧客には、このアプローチが効果的」というパターンを蓄積し、組織全体で活用できる形にします。
失注からの学習サイクル
失注した商談から学ぶ仕組みを作ることが重要です。ただし「なぜ負けたか」を追及する文化ではなく、「次に同様の商談をどう進めるか」を学ぶ心理的安全な環境を作ることが前提です。失注レビューは担当者を批判する場ではなく、組織的な学習の場として機能させることが重要です。
商談レビューの頻度と質の改善
週次パイプラインレビューの質を高めることが、ディールエクゼキューション改善の最も効果的な施策の一つです。「全商談を報告する」形式から「要注意商談を重点的に議論する」形式に変え、マネージャーが実際に商談支援に時間を使えるようにすることが重要です。
ディールエクゼキューションの改善はどこから始めるべきですか?
まず「受注商談と失注商談の行動データを比較する」ことから始めることをお勧めします。過去6-12ヶ月の商談を振り返り、受注した商談で共通していた行動パターン(関与した人数・商談回数・次アクションの設定率など)を特定します。その後、特定されたパターンをチェックリスト化し、進行中の商談に適用します。
商談のエンゲージメント低下をどのように検知できますか?
デジタルセールスルームや資料共有ツールを使っている場合、顧客の資料閲覧頻度や返信速度の変化から自動的に検知できます。ツールがない場合は、週次で各商談の「最後の顧客アクション」を確認し、2週間以上動きがない商談を「要注意フラグ」として管理する運用が有効です。
Gongのディールエクゼキューション手法は日本の長期商談にも有効ですか?
はい、特に長期商談では有効です。商談が長いほど「途中でエンゲージメントが低下する」リスクが高く、定期的な状態チェックが重要になります。また、長期商談では関与するステークホルダーが変わることも多いため、「意思決定者の継続的な関与を維持する」という観点がより重要です。
商談スコアリングを導入する際の担当者の抵抗を解消するにはどうすればよいですか?
スコアリングを「評価ツール」ではなく「支援ツール」として位置づけることが重要です。「スコアが低い商談 = 管理職への報告が必要」ではなく「スコアが低い商談 = マネージャーからの支援を受けられる」という文化を作ります。また最初の3ヶ月はスコアを「参考情報」として使い、評価には使わないことを明示することで、心理的安全性を確保しながら導入できます。
発見フェーズを改善するための具体的な質問例を教えてください。
Gongのデータに基づき、発見フェーズで効果的とされる質問を3カテゴリに整理します。問題の深さを掘り下げる質問(「その課題によって現在どのようなコストや機会損失が発生していますか」「この問題を解決できない場合、1年後のビジネスにどのような影響がありますか」)、購買動機を明確にする質問(「今このプロジェクトに取り組もうとしている最大の理由は何ですか」「半年前ではなく今このタイミングで動こうとしているのはなぜですか」)、意思決定プロセスを把握する質問(「社内での決裁にはどのような承認フローがありますか」「このプロジェクトの成功基準として、誰が何で判断しますか」)が代表的です。
ウィン/ロス分析の結果をどのように組織全体に展開すれば効果的ですか?
月次の営業チーム全体会議で「先月の受注・失注から学んだこと」を10-15分でまとめて共有する習慣を作ることが最も効果的です。分析結果を「個人の失敗体験」としてではなく「組織の学習資産」として扱い、特定の担当者を主語にするのではなく「業界X」「課題Y」といった属性を主語にして共有することで、心理的安全性を保ちながら学習できます。
Gongの分析手法をGong未導入の環境で再現する方法はありますか?
Gongがなくても基本的な分析は実現できます。商談の各段階で担当者が記録した「顧客の発言・懸念・次のアクション」をCRMに入力するルールを設け、月次で集計・分析する習慣を作ることが出発点です。DSRの閲覧ログを活用した定量的なエンゲージメント測定と組み合わせることで、会話録音なしでも商談の進捗状況と成功パターンの特定が可能になります。
ディールエクゼキューションの改善は、属人的な営業から組織的な営業への転換を意味します。Gongの研究が示すように、商談成功のパターンはデータから学ぶことができます。日本の営業組織も、デジタルツールを活用してこのアプローチを実践していくことが求められています。