Gongのマルチスレッド調査から学ぶ|複数意思決定者を巻き込む技術
Gongのマルチスレッド調査から学ぶ|複数意思決定者を巻き込む技術

マルチスレッド営業とは、1つの商談において顧客組織内の複数の意思決定者・影響者と並行して関係を構築し、組織的なコンセンサスを形成していく営業手法である。
「担当者との関係は良好なのに、最終承認が下りない」「窓口担当者は前向きなのに、いつの間にか競合に負けていた」——これらは典型的な「シングルスレッド」営業の失敗パターンです。
Gongは大規模な商談データ分析を通じて、マルチスレッド営業の重要性を数値で示してきました。本記事ではGongの調査から得られた知見と、日本の商習慣に合わせたマルチスレッド実践方法を解説します。
Gongが示すマルチスレッドの重要性
Gongの商談データ分析では、関与するステークホルダー数と成約率の関係が明確に示されています。
1人の担当者のみと接点を持っている商談と、3人以上のステークホルダーと接点を持っている商談を比較すると、後者の成約率が大幅に高いことが確認されています。特に、エンタープライズ向けの大型商談(年間契約額100万円以上)では、この差が顕著に現れます。
Gongが分析した数百万件の商談データでは、以下のような傾向が示されています。受注した商談の平均関与ステークホルダー数は失注商談の1.5倍以上であり、4名以上の関与者がいる商談の成約率は1名のみの商談と比較して大幅に改善することが確認されています。また関与者が増えるほどクローズサイクルが短縮される傾向も見られます。これは複数の関係者が組織内でコンセンサスを形成することで、意思決定が加速するためだと考えられています。
| 関与するステークホルダー数 | 商談成功率(傾向) | リスク |
|---|---|---|
| 1名(担当者のみ) | 低 | 担当者異動・退職で商談消滅のリスク |
| 2-3名 | 中 | 意思決定ラインの一部しかカバーできていない |
| 4名以上 | 高 | 組織的なコンセンサスが形成されやすい |
なぜシングルスレッドは危険なのか
担当者1人との関係に依存する商談が危険な理由は3つあります。
理由1: 情報が歪む
担当者が社内の情報を正確に伝えているとは限りません。「部長もOKしている」という発言が実際には「まだ詳細を報告していない」ということもあります。直接、複数の関係者と接点を持つことで、より正確な状況把握が可能になります。
理由2: チャンピオンのリスク
特定の担当者が「チャンピオン(社内推進者)」として機能している場合、その人が異動・退職すると商談が白紙に戻るリスクがあります。組織レベルのコンセンサスが形成されていれば、1人のキーパーソンの離脱にも耐えられます。
理由3: 反対勢力を見えないまま放置する
シングルスレッドでは、関与していない部門からの反対意見を事前に察知できません。法務・情報システム・財務などが関与してから初めて「こういう懸念がある」と判明するケースが多く、その段階では対処が難しくなっています。

マルチスレッドに関わるステークホルダーの類型
Gongの研究では、B2B商談に関与するステークホルダーをいくつかの類型に分けて分析しています。各役割を理解することが、効果的なマルチスレッド戦略の出発点になります。
エコノミックバイヤー(Economic Buyer)
予算を持ち、最終承認権を持つ人物です。多くの場合、現場担当者の上位にいる部門長・役員クラスです。この人物への直接アクセスがない商談は、予算フェーズに入ると頓挫するリスクがあります。
テクニカルバイヤー(Technical Buyer)
製品・サービスの技術的適合性を評価する人物です。IT部門・情報セキュリティ担当・システム担当者が該当します。テクニカルバイヤーの懸念が解消されていないと、最終フェーズで「技術的な問題がある」と商談がストップします。
ユーザーバイヤー(User Buyer)
実際に製品・サービスを使う現場担当者です。使いやすさ・業務改善効果・学習コストを重視します。ユーザーバイヤーが反対していると、「現場が使いたがらない」という理由で導入が見送られることがあります。
チャンピオン(Champion)
社内で積極的に導入を推進してくれる人物です。影響力・意欲・行動の3要素を持ちます。詳しくはGongのチャンピオン追跡研究で解説していますが、チャンピオンの有無が商談成功の最大の決め手になることも少なくありません。
インフルエンサー(Influencer)
意思決定者ではないものの、その判断に影響力を持つ人物です。業界知識を持つ社内専門家・他部門のキーパーソンなどが該当します。
| ステークホルダー類型 | 主な関心事 | アプローチのポイント |
|---|---|---|
| エコノミックバイヤー | ROI・リスク・戦略的価値 | ビジネスケースとROI試算を提供 |
| テクニカルバイヤー | 技術適合性・セキュリティ・統合 | 技術仕様書・セキュリティ資料を用意 |
| ユーザーバイヤー | 使いやすさ・業務効率・学習コスト | 操作デモ・成功事例・導入サポート体制 |
| チャンピオン | 社内での成果・キャリアへの影響 | 社内説得を支援する資料・事例を充実 |
| インフルエンサー | 専門性・実績・業界事例 | 第三者評価・アナリストレポートを活用 |
日本の商習慣でのマルチスレッド実践
日本の企業文化では「担当者を飛び越えた接触」を嫌うケースもあります。しかし、適切なアプローチでマルチスレッドを実践することは十分可能です。
ステップ1: 担当者に協力してもらいながら関係者を広げる
「部長にも直接ご説明できる機会をいただけますか」ではなく、「部長への報告資料をご用意しますので、ご活用ください。もし直接ご説明できる場があれば、ぜひお願いしたいです」というアプローチが日本では受け入れられやすいです。
担当者のメンツを立てながら、上位関係者への接点を作ります。マルチスレッド戦略の詳細で具体的な手法を解説しています。
ステップ2: デジタルセールスルームで関係者全員に情報を届ける
商談資料をメール添付で担当者に送るだけでは、他の関係者に届かない可能性があります。デジタルセールスルームを活用することで、担当者がURLを関係者全員に共有しやすくなります。デジタルセールスルームの概要で解説しているように、1つのURLで複数の関係者に情報を届けられる点がDSRの強みです。
ステップ3: 各ステークホルダーの懸念に合わせた情報を用意する
技術担当者には技術仕様・セキュリティ要件、財務担当者にはROI・投資回収期間、経営者には戦略的価値——それぞれが必要とする情報は異なります。全員に同じ資料を見せるのではなく、役割に応じた情報を用意することで、各ステークホルダーの関与を引き出しやすくなります。
ステップ4: 社内稟議の流れを担当者と一緒に整理する
日本では稟議プロセスが複雑なため、担当者自身が「誰に何を説明すればよいか」を把握していないことがあります。「社内決裁に向けて、どのような手順で進める予定ですか?何かサポートできることはありますか?」と聞くことで、商談進行のロードマップを共同で作成できます。
業界別マルチスレッドの特徴
マルチスレッドのアプローチは、顧客の業界・企業規模・商談金額によって最適な形が異なります。
製造業・重工業
意思決定が現場からトップまでの階層構造に沿って行われるため、現場責任者→部門長→役員の順にボトムアップで関係を構築するアプローチが有効です。現場の作業効率改善から始め、ROIを積み上げながら上位の意思決定者に働きかけます。製造業では品質管理・安全性・コンプライアンス担当者が重要なステークホルダーになることも多いです。
金融・保険業
コンプライアンス・リスク管理・IT部門が強い拒否権を持つことが多いです。早い段階からこれらの部門との接点を持ち、懸念を把握・解消するアプローチが重要です。セキュリティ認証・規制対応の実績を示すことがテクニカルバイヤーへの説得材料になります。
流通・小売業
現場オペレーションへの影響を重視するため、IT部門だけでなく店舗・物流・マーケティング部門などのユーザーバイヤーを早期に巻き込むことが重要です。ROIより「現場の使いやすさ」と「導入コストの低さ」が購買決定に大きく影響します。
IT・テクノロジー企業
意思決定が比較的フラットで、エンジニア・プロダクトマネージャーがテクニカルバイヤーとして強い影響力を持ちます。技術的な詳細度の高い情報を提供し、セルフサービスで試せる環境(フリートライアル・POC)を用意することが効果的です。
マルチスレッドの進捗を管理する
複数の関係者と並行してやり取りをする際、情報の一元管理が重要です。
「誰がどの資料を見たか」「誰からどんな質問が来たか」「誰がまだ関与していないか」を管理できないと、マルチスレッドは混乱を招くだけです。ツールを活用して各関係者のエンゲージメント状況を可視化し、適切なアクションを取ることが成功の鍵です。
DSRとGongを組み合わせたマルチスレッド管理
デジタルセールスルーム(DSR)はマルチスレッド営業において特に強力なツールです。デジタルセールスルーム完全ガイド2026で詳しく解説していますが、DSRを活用することでマルチスレッドの実行と管理が大幅に簡単になります。
DSRによるマルチスレッドの強化点
まず、1つのURLを担当者に共有するだけで、担当者が他の関係者にそのURLを転送できます。それぞれの関係者が誰かを識別して閲覧データを取得できるため、「誰がどのページを何分閲覧したか」というデータから各ステークホルダーの関心領域が分かります。
次に、役割別にコンテンツを整理することができます。エコノミックバイヤー向けにはROI試算・経営インパクト資料を、テクニカルバイヤー向けにはセキュリティ資料・技術仕様書を、ユーザーバイヤー向けには操作デモ・活用事例を配置することで、1つのDSRが複数の関係者のニーズに対応できます。
さらに、DSR内のチャット・Q&A機能を使うことで、複数の関係者からの質問を一元的に管理し、回答の抜け漏れを防げます。
Gongのような会話インテリジェンスツールとDSRを組み合わせると、「商談録音から関与者の発言・関心・懸念を特定し、DSRのコンテンツをその関心に合わせてカスタマイズする」というサイクルが実現します。
マルチスレッドの成功指標
マルチスレッドの取り組みが機能しているかどうかを測る指標として、以下を参照してください。
定量指標
- 1商談あたりの平均関与ステークホルダー数:目標値は業界・商談規模に応じて設定(例:中規模企業向けSaaSなら3-4名)
- 意思決定者(エコノミックバイヤー)との直接接点率:商談の何%でエコノミックバイヤーと直接話しているか
- DSR内の複数訪問者比率:共有したDSRに2名以上がアクセスした商談の割合
- マルチスレッド商談の成約率:シングルスレッド商談と比較した成約率の差
定性指標
- 担当者から「社内の動き」について積極的に情報が共有されているか
- 複数の関係者からの質問・資料要求が来ているか
- 社内の意思決定プロセスについて担当者が詳細を把握・共有してくれているか
マルチスレッドを始めるタイミングはいつが最適ですか?
商談の初期フェーズ(最初の2-3回の商談)からマルチスレッドを意識することを推奨します。Gongのデータによると、早い段階から複数の関係者と接点を持った商談の方が最終的な成約率が高いとされています。「関係ができてから広げよう」と考えていると、手遅れになることが多いです。特に商談金額が大きいほど、発見フェーズ(最初の商談から1-2ヶ月)でのマルチスレッド開始が重要です。
担当者がマルチスレッドを嫌がる場合はどう対処しますか?
担当者の懸念を理解し、「あなたのメンツを守る形で進める」ことを明確にすることが重要です。例えば「部長への説明資料をご一緒に作り、あなたから報告していただく形はいかがでしょう」というアプローチで、担当者が主役になれる形でマルチスレッドを実現できます。担当者にとってもマルチスレッドが有益であること(上司の承認が取りやすくなる、自分の社内評価が高まる)を伝えることも効果的です。
リモート環境でマルチスレッドを実践するコツはありますか?
デジタルセールスルームが特に有効です。関係者全員を1つのオンライン空間に招待し、各自が自分のペースで情報にアクセスできる環境を整えることで、対面でなくても複数の関係者を巻き込めます。また、オンライン会議を録画・共有することで、参加できなかった関係者にも情報を届けられます。Webinarやオンラインデモを開催し、複数の関係者に同時にアプローチする方法も効果的です。
何名以上のステークホルダーと関与すれば十分ですか?
商談規模・業界・顧客組織の規模によって異なりますが、Gongのデータでは一般的に4名以上の関与が受注率改善に有効とされています。重要なのは「数」より「質」で、エコノミックバイヤー(予算承認者)と少なくとも1名のチャンピオン(社内推進者)が含まれていることが最低条件です。大型商談(1,000万円以上)では6名以上の関与を目指すことが推奨されます。
マルチスレッドを実践すると商談サイクルが長くなりませんか?
短期的には若干の調整時間が必要になることもありますが、適切に実践することで逆に商談サイクルが短縮されるケースが多いです。シングルスレッドで進めた場合、最終フェーズで意思決定者が初めて関与し「一から確認が必要」となるケースが多く、そこで大幅な時間ロスが生じます。早い段階からマルチスレッドで進めることで、意思決定者が商談の進捗を把握した状態で最終判断ができるため、クローズが加速します。
デジタルセールスルームはマルチスレッドにどう貢献しますか?
DSRは「1つのURLを共有するだけで複数の関係者にアクセスしてもらえる」という点でマルチスレッドと非常に相性が良いです。誰が何を閲覧したかが分かるため、各ステークホルダーの関心領域を把握できます。また役割別にコンテンツを整理できるため、1つのDSRがエコノミックバイヤー・テクニカルバイヤー・ユーザーバイヤーそれぞれのニーズに対応できます。デジタルセールスルーム完全ガイド2026でDSRのマルチスレッドへの活用方法を詳しく解説しています。
マルチスレッドを実践するタイミングはいつから始めるべきですか?
商談の初回接触時点からマルチスレッドを意識することが理想です。ディスカバリーの段階で「この課題には〇〇部門と△△部門が関与しますよね?」と確認し、関係者を早期に特定します。遅くともデモ・提案フェーズに入る前には複数のステークホルダーと接触していることが望ましく、意思決定フェーズになってから関係者開拓を始めると手遅れになるリスクが高まります。
マルチスレッド営業は、日本の商習慣に合わせながら実践できます。Gongの調査が示すように、複数の意思決定者を早い段階から巻き込むことが、商談成功率を高める最も確実な方法の一つです。