
顧客の稟議を通す5つの材料とテンプレート
商談は前向き、担当者も乗り気。なのに「社内の稟議が通らなくて…」の一言で、案件が何週間も止まる。B2B営業なら誰もが経験する停滞です。
多くの解説記事は、この稟議を「起案者が自力で通すもの」として扱います。しかしB2B営業の現場では、稟議を通す本当の主戦場は、あなたの会社ではなく顧客の社内にあります。そして、その稟議を通せるかどうかは、営業が顧客にどんな材料を渡したかで大きく変わります。
この記事は、「営業が“顧客の稟議”を通すのを支援する」という視点で、稟議が通らない理由と、売り手が先回りで用意すべき材料、そしてそれを一つの場所にまとめて共有する方法までを解説します。自分の会社の稟議書の書き方そのものを知りたい方は、稟議書の書き方(構成・例文・テンプレート)を先にご覧ください。
この記事の要点(先に結論)
- 稟議を通す主戦場は顧客の社内。顧客がサプライヤー各社と会う時間は購買全体で合計しても約17%(特定の1社なら5〜6%)にすぎず、残りは顧客が社内で情報収集・関係者協議・稟議に費やしている(出典: Gartner)。
- 顧客の稟議が通らない理由は、費用対効果の曖昧さ・情シス/セキュリティ懸念・他社比較の要求・導入後の不安・決裁者の関心とのズレの5つに集約される。
- この5つは、営業が先回りで「ROI試算・セキュリティ回答・比較表・導入体制・決裁者マップ」を渡せば、大半を潰せる。
- 稟議材料をバラバラに配らず、DSR(デジタルセールスルーム)のRoomに集約すると、承認者が探す手間が消え、閲覧データで「稟議がどこで止まっているか」まで見える。
「稟議を通す」の主戦場は、あなたの会社ではなく“顧客の社内”にある
稟議を通すとは、担当者の一存では決められない案件について、社内の承認者から合意を集め、組織としての意思決定を成立させることです。B2B営業にとって重要なのは、この稟議が顧客の社内で起きるという事実です。
Gartnerの調査によれば、B2B購買において買い手が検討中のサプライヤー各社と会う時間は、購買プロセス全体を合計してもわずか17%程度にすぎません。特定の1社に絞れば5〜6%程度とされます。残りの大半は、顧客が社内で情報を集め、関係者と議論し、内部の合意(=稟議・決裁)を取りつけることに費やされています(出典: Gartner「The B2B Buying Journey」)。つまり、商談の場でどれだけ好感触でも、案件の成否を分ける議論の大半は、あなたの見えないところ=顧客の稟議プロセスで進んでいるのです。
さらにGartnerは、B2B購買の77%が「非常に複雑・困難」だと買い手が感じており、その最大の摩擦要因が「社内の合意形成」だと報告しています(Gartner, 2019)。複雑なB2B購買の意思決定には、典型的に6〜10名の関与者が関わります。この6〜10名それぞれが納得しなければ、稟議は途中で止まります。
読者はここで2つに分かれる
「稟議を通す」で検索してこの記事にたどり着く人は、大きく2種類います。
- 自社の社内稟議を通したい担当者 — ツール導入などを起案し、自分の会社の承認を得たい人。
- 顧客の稟議を支援したい営業 — 提案は好感触だが、顧客社内の稟議で止まっている、あるいは止めたくない営業。
①の「自分で書く」ための具体的な構成・例文・提出前チェックリストは、稟議書の書き方ガイドにまとめています。この記事は主に②、営業が顧客の稟議を先回りで武装する視点で進めます。とはいえ①の担当者にとっても、「決裁者が何を見て承認しているか」を知る材料になるはずです。
なぜ「営業が支援する」と稟議は通りやすくなるのか
顧客の稟議を営業が支援するのは、越権でもお節介でもありません。むしろ、それが受注率を上げる最短ルートだというデータがあります。
Gartnerの調査では、営業担当と連携しながらベンダー提供のデジタルツール(資料・試算・比較材料)を使った買い手は、独力で購買を進めた買い手に比べ、高品質で後悔の少ない購買を成立させる確率が1.8倍でした。また、意思決定の確信度が高い買い手は、高品質・低後悔の購買に至る確率が10倍にもなります(出典: Gartner)。
言い換えれば、顧客のチャンピオン(社内で導入を推進してくれる担当者)に、稟議で問われることへの答えを先回りで渡せば、その人の確信度が上がり、稟議は通りやすくなる。稟議を通すのは、顧客のチャンピオンと営業の共同作業なのです。そして、その共同作業をどれだけ設計できるかが、受注率を左右します。この記事の残りでは、その設計図を具体的な材料に落とし込んでいきます。
「稟議を通す」の意味・言い換え・読み方
まず言葉の整理から。検索意図として「意味」や「言い換え」を求める人も多いため、ここで簡潔に押さえます。
「稟議を通す(りんぎをとおす)」とは、担当者だけでは決められない支出や契約、導入などの案件について、稟議書を関係する承認者に回覧し、必要な承認をすべて得て、組織としての決定を成立させることを指します。「稟議」は「りんぎ」と読み、「ひんぎ」ではありません。会議を開かずに書面(または電子ワークフロー)で合議する日本企業に特有の意思決定の仕組みです。
「稟議を通す」には、場面に応じていくつかの言い換え・関連表現があります。
| 表現 | 意味・使う場面 |
|---|---|
| 稟議を上げる | 稟議書を提出し、承認プロセスに乗せること(起案・提出の側面) |
| 稟議にかける | ある案件を稟議の対象として審議に回すこと |
| 稟議を回す | 稟議書を承認者へ順に回覧すること |
| 稟議が通る/下りる | 承認が完了し、実行が許可された状態(結果の側面) |
| 決裁を得る | 最終決裁者の承認を得ること。稟議の完了とほぼ同義 |
敬語で社外に触れるなら「社内で承認手続きを進めております」「決裁の確認を取っております」といった表現が自然です。なお、稟議・決裁・承認・起案の厳密な違いは稟議書の書き方ガイドの用語整理で詳しく扱っています。
顧客の稟議が通らない5つの理由
顧客の稟議が止まる理由は、案件ごとにバラバラに見えて、実は5つのパターンに集約されます。営業の立場で重要なのは、それぞれに「営業から見える兆候」があり、放置すると特定の失注シナリオに向かうという点です。
前提として、これらの理由の根っこには「複数の関与者が、それぞれ違う関心で判断する」という構造があります。前述のとおり複雑なB2B購買には6〜10名が関わり、買い手の77%が購買を「非常に複雑・困難」と感じています(Gartner)。稟議が通らないのは、多くの場合、起案者の努力不足ではなく、この複数関与者の懸念のどれかが潰れていないからです。だからこそ、営業が「どの懸念が残っているか」を早期に読み取り、対応する材料を渡すことに価値があります。以下の5つを、自分の案件に当てはめて点検してみてください。
理由1:費用対効果(ROI)が曖昧で、投資の判断ができない
承認者が最初に見るのは「この金額を払って、何がどれだけ返ってくるのか」です。提案書に「業務効率が上がる」「生産性が向上する」といった定性的な表現しかないと、承認者は投資対効果を判断できず、稟議は止まります。
- 営業から見える兆候:担当者が「上に説明する材料が足りない」「効果を数字で聞かれた」と言い出す。
- 典型的な失注シナリオ:金額の妥当性を説明できず、「今期は見送り」として先送りされ、翌期には別の優先課題に予算を奪われる。
理由2:情シス・セキュリティ・法務の懸念が潰れていない
担当部門が乗り気でも、情報システム部門や法務・管理部門が「セキュリティは大丈夫か」「契約や個人情報の扱いは問題ないか」と懸念を出すと、稟議はそこで止まります。特にSaaSやクラウドツールの導入では、この関門が最大の停滞要因になりがちです。
- 営業から見える兆候:「情シスの確認が必要」「セキュリティチェックシートを出してほしい」と急に依頼が来る。
- 典型的な失注シナリオ:情シスの質問に回答が遅れ、審査が次の定例会議に持ち越され、決裁が1〜2か月単位で後ろにずれる。
理由3:他社との比較を求められ、選定の根拠が示せない
一定金額以上の稟議では、「他の選択肢と比べてなぜこれなのか」がほぼ必ず問われます。比較材料がないと、承認者は「相見積もりを取ってから」と判断を保留します。
- 営業から見える兆候:「比較表はありますか」「他社さんも見ています」という言葉が出る。
- 典型的な失注シナリオ:顧客が自力で雑な比較表を作り、機能の粒度がズレたまま安価な競合が有利に見え、価格だけで負ける。
理由4:導入後の体制・運用が不安で、決裁に踏み切れない
「入れたはいいが、使いこなせず放置されるのでは」という不安は、決裁者ほど強く持ちます。導入体制・オンボーディング・サポートが不透明だと、費用対効果が良くても「もう少し様子を見よう」となります。
- 営業から見える兆候:「導入した後のサポートは?」「社内の誰が運用するのか、という話になった」。
- 典型的な失注シナリオ:運用イメージが描けないまま稟議が塩漬けになり、熱量が冷めて自然消滅する。
理由5:決裁者の関心と、提案の訴求がズレている
チャンピオンには響いた提案が、その上の決裁者には響かないことがあります。現場担当者の関心は「使いやすさ・工数削減」、経営層の関心は「売上・利益・リスク」。稟議書が現場目線のまま上がると、決裁者は「で、経営にどう効くのか」と判断を止めます。
- 営業から見える兆候:「部長には刺さったが、役員会で説明が難しいと言われた」。
- 典型的な失注シナリオ:決裁者の関心に合う資料がなく、チャンピオンが社内で孤立し、稟議を上げること自体を諦める。
5つの理由に、営業が先回りで渡せる稟議材料【対応表】
ここが本記事の核心です。上記5つの理由は、営業が先回りで対応する材料を用意すれば、その大半を潰せます。稟議が止まってから慌てるのではなく、商談の段階で「稟議で問われること」への答えをセットで渡しておく。これがバイヤーイネーブルメント(買い手支援)の考え方です。
| 通らない理由 | 営業が先回りで渡す材料 | 材料の狙い |
|---|---|---|
| ①費用対効果が曖昧 | ROI試算シミュレーション(式+数値サンプル) | 投資判断の根拠を数字で用意する |
| ②情シス・セキュリティ懸念 | 想定質問リスト+回答テンプレ | 審査部門の関門を事前に通過させる |
| ③他社比較を求められる | 公平な比較表(機能粒度をそろえた) | 価格だけで負けない選定根拠をつくる |
| ④導入後の体制が不安 | 導入体制図+オンボーディング計画 | 「入れた後」の不安を先に消す |
| ⑤決裁者の関心とズレ | 決裁者マップ+関心別の要約資料 | チャンピオンを手ぶらで稟議に行かせない |
以降、この5つの材料を1つずつ、そのまま使える形で解説します。すべてに共通するのは、材料の下書きは営業が作り、顧客の文脈で仕上げるのはチャンピオンという役割分担です。営業が完成品を押しつけるのではなく、チャンピオンが社内で使いやすい「素材」を渡すのがコツです。
材料①ROI・費用対効果:試算を営業が用意する
稟議で最も詰まるのが費用対効果です。ここは営業が試算のたたき台を用意し、顧客の数字を当てはめてもらう形にすると、チャンピオンの負担が大きく減ります。
費用対効果は、次の3つの観点で組み立てると承認者に伝わりやすくなります。
- 削減効果:ツール導入で減る工数・人件費・外注費。
- 増加効果:受注率・成約率・単価の改善による売上増。
- 回収期間:投資額を効果で割り、何か月で回収できるか。
ROI試算のサンプル
たとえば、営業チームの資料共有・商談管理を効率化するツールを想定した試算のひな型です。数値は顧客の実態に置き換えて使います。
| 項目 | 算出の考え方 | サンプル値 |
|---|---|---|
| 対象人数 | ツールを使う営業の人数 | 10名 |
| 月間削減工数 | 1人あたりの資料準備・管理の削減時間 | 8時間/月 |
| 人件費単価 | 時給換算(年収÷想定年間労働時間) | 3,000円/時 |
| 月間削減額 | 対象人数 × 月間削減工数 × 人件費単価 | 24万円/月 |
| 年間削減額 | 月間削減額 × 12 | 288万円/年 |
| ツール年間費用 | 初期費用+年額 | 120万円/年 |
| 年間の純効果 | 年間削減額 − ツール年間費用 | 168万円/年 |
| 投資回収期間 | ツール費用 ÷ 月間削減額 | 5か月 |
このように「工数削減×人件費単価」を軸に組み立てると、承認者が計算を追える形になります。削減効果だけで回収が見えれば、売上増効果は「上振れ」として添える程度で十分です。過大な前提で盛ると審査で崩れるため、控えめで検証可能な前提にするのが、かえって通りやすくする鉄則です。
削減効果に、売上増の上振れを添える
削減効果だけで回収が見えるなら、それが最も堅い稟議材料です。そのうえで、余力があれば売上増の効果を控えめに添えます。たとえば「受注率が現状の20%から23%へ3ポイント改善する」と仮定するなら、年間商談数×平均単価×改善幅で増加額を試算します。年間200商談・平均単価100万円なら、3ポイントの改善で年間600万円の売上増、という具合です。
ただし売上増は前提の置き方で大きく振れるため、稟議では「削減効果で回収、売上増は上振れ」という二段構えにするのが安全です。承認者は、堅い数字(削減)と期待値(売上増)を分けて見せてもらえると、判断の確信度が上がります。前述のGartner調査でも、確信度の高い買い手ほど高品質な購買に至る確率が高いと示されています。
なお、算出の前提(1人あたり削減工数の根拠など)は必ず一行添えます。「なぜその数字なのか」が書かれていれば、承認者は試算を信頼できます。逆に前提のない数字は、審査で「その根拠は?」と突かれ、かえって稟議を止める原因になります。
材料②セキュリティ・情シス懸念:想定質問リスト+回答テンプレ
情シスや法務の関門は、質問が来てから対応すると必ず後手に回ります。よく問われる項目はほぼ決まっているため、営業側で回答をテンプレ化し、商談の早い段階で渡しておきます。
SaaS・クラウドツールの稟議でよく問われる想定質問と、回答に含めるべき要素は次のとおりです。
| 想定質問 | 回答に含める要素 |
|---|---|
| データはどこに保管されるか | データセンターの所在地・クラウド基盤・暗号化の有無 |
| アクセス権限は管理できるか | 権限ロールの種類・招待/失効の運用・監査ログの有無 |
| 障害時の可用性・サポートは | SLA・稼働率・サポート窓口と対応時間 |
| 解約時にデータはどうなるか | エクスポート手段・保持期間・削除ポリシー |
| 個人情報・機密情報の扱いは | 取得情報の範囲・第三者提供の有無・関連法規への対応 |
| 認証・シングルサインオンは | SSO/多要素認証の対応状況 |
これらを「セキュリティ・情シス向け想定Q&A」として1枚にまとめ、チャンピオン経由で情シスに事前共有します。質問が来る前に回答を渡しておくと、審査が定例会議を1回またぐだけで数週間ずれる、という停滞を防げます。回答できない項目は正直に「確認します」とし、期限を切って戻すほうが信頼を損ないません。
情シスや管理部門は、稟議のなかで「止める権限」を持つ存在です。現場が導入したくても、情シスが首を縦に振らなければ稟議は進みません。だからこそ、情シスを敵に回さず、早い段階から味方につける動きが効きます。想定Q&Aを先に渡すのは、単なる時短ではなく、「このベンダーはセキュリティを軽視していない」という信頼を示すメッセージにもなります。審査部門が求める水準を理解し、先回りで応える姿勢そのものが、稟議を通す土台になるのです。
実際、審査が長引く案件の多くは、情シスの質問に回答が返るまでの往復に時間を取られています。この往復を先回りで減らせるかどうかが、決裁までの日数を大きく左右します。
材料③他社比較表:公平な比較で選ばせる作り方
比較を求められたとき、顧客に自力で比較表を作らせると、機能の粒度がズレて安価な競合が有利に見えがちです。ここは営業が「公平に見える比較表」のたたき台を用意し、選定の土俵そのものを設計します。
公平な比較表のポイントは、自社が勝てる軸だけを並べないことです。露骨に自社優位の表は、承認者に見透かされて逆効果になります。顧客の課題に直結する評価軸を、顧客と一緒に決めるのが理想です。
| 評価軸 | 自社 | 競合A | 競合B | 顧客にとっての重要度 |
|---|---|---|---|---|
| 導入の課題への適合 | ◎ | ○ | △ | 高 |
| 初期・運用コスト | ○ | ◎ | ○ | 高 |
| セキュリティ・権限管理 | ◎ | ○ | ○ | 中 |
| サポート・導入支援 | ◎ | △ | ○ | 高 |
| 既存ツールとの連携 | ○ | ○ | ◎ | 中 |
作成時の注意点は3つです。第一に、評価軸は顧客の課題起点で選ぶこと。第二に、機能の粒度をそろえること(片方だけ細かく分解しない)。第三に、重要度の列を入れ、価格以外の軸に重みがあることを可視化すること。この3点を守ると、承認者は「価格だけでなく、課題への適合で選んだ」という納得感を持てます。
材料④導入体制・スケジュール:稟議後の不安を先に潰す
決裁者の「入れた後、ちゃんと使えるのか」という不安は、費用対効果とは別の軸で稟議を止めます。ここは導入体制図とオンボーディング計画を先に見せ、「導入後の絵」を描いておきます。
含めるべき要素は次のとおりです。
- 導入体制:顧客側の担当者・推進責任者と、ベンダー側のサポート担当を明記する。
- オンボーディング計画:初期設定→トレーニング→本格運用までの段階と、各段階の目安期間。
- 成功の指標:導入後に何を見て「うまくいっている」と判断するか。
- サポート窓口:困ったときの連絡先と対応時間。
たとえばオンボーディングは「1週目:初期設定とアカウント発行」「2〜3週目:管理者・利用者トレーニング」「1か月目以降:本格運用と月次の活用レビュー」といった段階で示すと、決裁者は運用イメージを描けます。導入後にどの部門が関与するかは、DSR導入の意思決定に関与する部門の整理も参考になります。「導入して終わり」ではなく「運用が回るところまで設計されている」ことが伝われば、稟議後の不安は大きく減ります。
さらに、稟議を通したい営業ほど「導入後に成果が出なかったらどうするか」まで先に示せると強くなります。たとえば「最初の1か月で活用が進まなければ、無償で追加トレーニングを行う」「四半期ごとに活用状況をレビューし、必要なら運用を見直す」といった撤退・見直しの条件を添えると、決裁者は「失敗したときの損失が限定される」と感じます。決裁者が最も恐れるのは、投資が無駄になり、その責任を問われることです。その不安に対して、逃げ道ではなく「うまくいかせるための伴走」を用意しておくことが、稟議を後押しします。
材料⑤決裁者マップ:チャンピオンを手ぶらで稟議に行かせない
前述のとおり、複雑なB2B購買には6〜10名が関与します(Gartner)。この関与者それぞれが、異なる関心で稟議を見ます。決裁者マップとは、誰が起案し、誰が承認し、誰が最終決裁するかを整理し、各人の関心に合わせて「どの資料を渡すか」を割り当てるための地図です。
| 役割 | 典型的な関心 | 渡す資料 |
|---|---|---|
| 起案者(チャンピオン) | 現場の課題解決・使いやすさ | 提案書・活用イメージ |
| 直属の上長 | 部門の成果・工数削減 | ROI試算・導入計画 |
| 情シス・管理部門 | セキュリティ・運用負荷 | セキュリティQ&A |
| 財務・経理 | コスト・回収期間 | ROI試算・見積り |
| 最終決裁者(役員) | 売上・利益・経営リスク | 経営視点の1枚要約 |
ポイントは、決裁者の関心に合わせた要約資料を別途用意することです。現場向けの詳細資料をそのまま役員に上げても響きません。「経営にどう効くか」を1枚にまとめ、チャンピオンがそれを持って稟議に臨めるようにします。誰が決裁者かの見極め方や巻き込み方は、決裁者の見極め方・巻き込み方で詳しく解説しています。チャンピオンを手ぶらで稟議に行かせないことが、営業にできる最大の後押しです。
稟議材料はいつ渡すか|商談フェーズ別のタイミング設計
材料をそろえても、渡すタイミングを誤ると効果が薄れます。稟議が止まってから慌てて資料をかき集めるのではなく、商談の進行に合わせて少しずつ、稟議で問われることの答えを積み上げていくのが理想です。
- ヒアリング〜提案初期:まず「この案件は、御社の社内ではどんな稟議・承認フローを通りますか」と聞く。決裁者・関与部門・金額基準を把握し、決裁者マップの下書きを始める。
- 提案〜比較検討期:課題に直結する評価軸を顧客と一緒に決め、公平な比較表のたたき台を渡す。ここでROI試算の前提(対象人数・削減工数)もヒアリングしておく。
- 意思決定直前:ROI試算・セキュリティQ&A・導入計画をそろえ、稟議のたたき台としてチャンピオンに渡す。決裁者向けの1枚要約もこの段階で用意する。
- 稟議回覧中:閲覧データや顧客からの質問を手がかりに、論点になっている材料を補強する。止まっていれば状況を確認する。
顧客の社内“根回し”を営業が支援する
日本企業の稟議では、正式な回覧の前に主要な承認者へ内容を伝えておく「根回し」が、差し戻しを減らす効果を持ちます。とはいえ、社内の根回しは顧客のチャンピオンにしかできません。営業にできるのは、その根回しを支援することです。
具体的には、「情シスの○○さんには、このセキュリティQ&Aを先に見せておくとスムーズです」「役員会の前に、この1枚要約を部長経由で共有しておきましょう」といった形で、誰に・いつ・何を共有すべきかをチャンピオンと一緒に設計します。根回しは単なる社内政治ではなく、承認者の懸念を事前に把握し、稟議書に反映するための情報収集です。営業がその段取りを一緒に考えることで、チャンピオンは孤立せずに社内を動かせるようになります。
Terasuで稟議材料をRoomに集約し、閲覧データで稟議進捗を可視化する
ここまでの5つの材料を用意しても、それがメールや共有フォルダにバラバラに配られていては効果が半減します。承認者は最新版を探すところから始めることになり、その「探す手間」が回覧の各所で小さな停滞を生みます。
前述のとおりGartnerは、営業と連携しながらベンダー提供のデジタルツールを活用した買い手は、独力で進めた買い手より高品質な購買に至る確率が1.8倍だと報告しています。ここで効くのは「ツールがあること」そのものより、「顧客がそれを使いやすいこと」です。稟議材料を一つの場所に集約し、顧客がそのまま社内共有できる状態にしておくことは、その活用しやすさを高める具体的な一手であり、稟議を通す最後のひと押しになります。
DSR(デジタルセールスルーム)に稟議材料を集約する
デジタルセールスルーム(DSR)とは、提案資料・見積り・比較表・セキュリティ回答・導入計画などを、顧客ごとに一つのオンライン空間(Room)にまとめて共有する仕組みです。Terasuでは、この記事で挙げた5つの稟議材料を1つのRoomに集約できます。
- チャンピオンは、Roomのリンクを社内の承認者に共有するだけで、最新の資料一式を渡せる。
- 承認者は、どれが最新版かを探す必要がなく、必要な資料にすぐたどり着ける。
- 資料のバージョンは常に最新に保たれ、「古い見積りで議論が進む」事故が起きない。
閲覧データで「稟議がどこで止まっているか」を察知する
Terasuの大きな特徴は、Roomの閲覧データが見えることです。誰が、どの資料を、どれくらい見たか。この情報は、稟議の進捗を読み解くシグナルになります。
- ROI試算がよく見られている → 費用対効果が論点になっている。追加の根拠を渡す。
- セキュリティQ&Aが新たに閲覧され始めた → 情シス審査が動き出したサイン。回答の補足を先回りする。
- 数日間まったく閲覧がない → 稟議が止まっている可能性。チャンピオンに状況を確認する。
つまり、これまで「顧客に聞かないと分からなかった」稟議の進捗を、閲覧データから推測して先回りフォローできるようになります。稟議という見えないプロセスに、営業が働きかける手がかりが生まれるのです。
閲覧データを活かす具体的な進め方
たとえば、こんな読み解き方ができます。提案後、Roomの比較表とROI試算が繰り返し閲覧されているのに、セキュリティQ&Aだけがまったく開かれていない。これは「費用対効果と選定根拠は社内で議論されているが、情シス審査はまだ動いていない」というサインです。ここで営業が「情シスのご確認はこれからでしょうか。必要なら審査に必要な資料を先にお渡しします」と一言添えれば、次の関門を先回りできます。
逆に、これまで頻繁に閲覧されていたRoomが、ある日を境にぱたりと開かれなくなることもあります。これは稟議が止まっている、あるいは優先度が下がっている可能性を示します。熱量が冷めて自然消滅する前に、チャンピオンへ「何か社内で論点になっていることはありますか」と確認するきっかけになります。閲覧データは、催促のためではなく、顧客が今どこで悩んでいるかを察して手を差し伸べるために使うのがコツです。
そのまま使える稟議資料テンプレート
顧客のチャンピオンに渡す「稟議のたたき台」は、次の構成にすると承認者が判断しやすくなります。営業が下書きを用意し、顧客が自社の言葉で仕上げる前提のひな型です。
【件名】○○(ツール/サービス名)導入の稟議について
1. 目的・背景
- 現在の課題(誰が・何に・どれだけ困っているか)
- なぜ今、解決すべきか
2. 導入内容
- 導入するもの/対象範囲/対象人数/開始時期
3. 費用
- 初期費用・年額(税抜/税込を明記)/契約・更新条件
4. 費用対効果(ROI)
- 削減効果・増加効果・投資回収期間(前提を一行添える)
5. 他社比較
- 比較した選択肢と、本案を選んだ理由
6. リスクと対策
- 想定リスク(セキュリティ・運用等)と、その対策
7. 導入体制・スケジュール
- 導入後の推進体制とオンボーディング計画
この各項目に対応する材料が、これまで解説してきたROI試算・セキュリティQ&A・比較表・導入計画です。稟議書そのものの詳しい書き方・例文は稟議書の書き方ガイドにまとめているので、チャンピオンにあわせて渡すとよいでしょう。
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無料ではじめるよくある質問(FAQ)
「稟議を通す」とはどういう意味ですか?
稟議を通すとは、担当者だけでは決められない支出や契約などの案件について、稟議書を承認者に回覧し、必要な承認をすべて得て、組織としての決定を成立させることです。「稟議を上げる(提出する)」「稟議にかける(審議に回す)」「稟議が通る/下りる(承認された)」といった関連表現があり、最終決裁者の承認を得た状態を「稟議が通った」と言います。
「稟議が通る」の言い換え・敬語表現は?
「稟議が通る」は、「承認される」「決裁が下りる」「稟議が下りる」などと言い換えられます。社外向けに触れる場合は、「社内で承認手続きを進めております」「決裁の確認を取っております」といった敬語表現が自然です。相手先の稟議に触れるときは「御社の社内ご承認が得られましたら」のように、相手の手続きを立てる言い方が適切です。
「稟議」の読み方は「ひんぎ」ですか?
「稟議」は「りんぎ」と読みます。「ひんぎ」ではありません。「稟」の字が「ひん」とも読めるため誤読されがちですが、ビジネスで使う稟議は「りんぎ」が正しい読み方です。稟議書は「りんぎしょ」と読みます。
顧客の稟議が通らない主な理由は何ですか?
B2B営業の現場で顧客の稟議が止まる理由は、主に5つに集約されます。①費用対効果(ROI)が曖昧、②情シス・セキュリティ・法務の懸念が潰れていない、③他社との比較の根拠が示せない、④導入後の体制・運用が不安、⑤決裁者の関心と提案の訴求がズレている、の5つです。いずれも、営業が先回りで対応する材料を用意すれば、大半を潰せます。
稟議が通るまでの期間はどれくらいですか?
一概には言えませんが、一般的な目安として数日〜10日程度とされます(出典: リクナビNEXT)。承認者の人数や案件の金額、承認者の出張などの状況によって変動し、金額が大きく関与部門が多い案件ほど長くなります。営業としては、承認者が資料を探す手間や情シス審査の待ち時間を先回りで減らすことで、この期間を短縮する余地があります。
稟議の却下とはどういう意味ですか?通らなかったときは?
稟議の却下とは、回覧された稟議が承認されず、実行が認められないことです。多くの場合、却下理由(費用対効果の弱さ、タイミング、リスク懸念など)を解消したうえで再起案が可能です。営業としては、なぜ止まったのかをチャンピオンから聞き出し、不足していた材料(ROI試算やセキュリティ回答など)を補って再チャレンジを支援するのが有効です。同じ内容の再提出では結果は変わりにくいため、却下理由への回答を明確にすることが重要です。
営業が顧客の稟議に口を出すのは失礼ではありませんか?
やり方次第です。完成した稟議書を押しつけるのは越権に見えますが、「稟議で問われそうなことへの答え(試算や比較材料)を、使いやすい素材として渡す」のは、むしろ歓迎される支援です。あくまで下書き・たたき台として提供し、自社の文脈で仕上げるのはチャンピオンに委ねる。この役割分担を守れば、失礼にはなりません。顧客の社内事情を尊重しながら、判断材料を揃える手伝いをする姿勢が大切です。
稟議を後押しする資料は、営業と顧客のどちらが作るべきですか?
役割を分けるのが効果的です。ROI試算・比較表・セキュリティ回答・導入計画といった「素材」の下書きは、情報を最も持っている営業が用意します。一方、それを自社の課題・言葉・稟議フォーマットに合わせて仕上げるのはチャンピオン(顧客の起案者)です。営業が完成品を作ると顧客の当事者意識が薄れ、逆に丸投げするとチャンピオンの負担が重すぎます。素材は営業、仕上げは顧客、という分担が最もうまくいきます。
Terasuでは稟議材料をどのように共有できますか?
Terasuでは、提案書・ROI試算・比較表・セキュリティQ&A・導入計画などの稟議材料を、顧客ごとの一つのRoom(デジタルセールスルーム)に集約できます。チャンピオンはRoomのリンクを社内の承認者に共有するだけで最新の資料一式を渡せ、承認者は資料を探す手間なく判断できます。さらに、誰がどの資料を見たかの閲覧データから、稟議がどこで論点になっているかを推測し、先回りでフォローできます。
まとめ:顧客の稟議は、営業が9割を設計できる
稟議を通すという行為は、一見すると顧客の社内事情であり、営業にはどうにもできない領域に見えます。しかし実際には、顧客が稟議で問われることはほぼ決まっており、その答えを先回りで渡せるのは、最も情報を持っている営業です。
- 稟議を通す主戦場は顧客の社内。顧客が営業と会う時間はごくわずかで、大半は顧客の社内で進む。
- 顧客の稟議が止まる理由は5つ(ROI・セキュリティ・比較・体制・決裁者の関心)に集約される。
- この5つは、ROI試算・セキュリティ回答・比較表・導入体制・決裁者マップの先回りで潰せる。
- 材料をDSRのRoomに集約すれば、承認者が探す手間が消え、閲覧データで稟議の進捗まで見える。
顧客のチャンピオンを手ぶらで稟議に行かせない。その準備を営業が引き受けたとき、稟議はぐっと通りやすくなります。まずは次の商談で、「この案件は社内の稟議で何を問われそうですか」と一言聞くことから始めてみてください。


